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源希義さんと鳶ケ池中学校と鞍掛け岩〔903〕2005/10/05

源希義さんと鳶ケ池中学校と鞍掛け岩

2005年10月5日(水)雨

今日は雨模様の高知県地方。秋雨前線の影響ですね。しかし、ちくと蒸せますな。

今朝もトウから南国工場へ行っちょりました。南国界隈は、歴史的な遺構や史跡などがたくさんある所です。

ここは、南国市中心部の後免から北へ少し行った、鳶ケ池中学校の前。このにっこりでは何度もご紹介し、直近では9月3日にお話しました、源希義(みなもとのまれよし)さんゆかりの場所。希義さんは、今年のNHK大河ドラマ主人公源義経さんの兄(2歳違い)で、鎌倉幕府を開いた源頼朝さんの弟(10歳違い)。平治の乱で、父義朝が平清盛に破れた際に、希義さん(3歳)は、土佐の国の介良へ配流されました。

二十数年後、頼朝挙兵に呼応して、希義さんも兵をあげました。

土佐の国は源氏方の勢力が弱く、数少ない味方である武将の夜須七郎行家と合流することが必須でした。1182年9月、希義さんは、介良を出て夜須へ向います。が、平重盛の家人で土佐の平家方の重鎮 蓮池権守家綱(現土佐市蓮池界隈が本拠)と平田太郎俊遠(現宿毛市平田?)の軍勢に追いつかれ、途中の年越山で討たれたとされちょります。首を討たれたのは、写真上部右手、鳶ケ池中学校正門界隈との言い伝えがあるそうですね。左端、水路の脇に小さな表示板が建てられちょりますが、これには「希義の鞍掛けの岩」という表題で、希義さんの紹介文が書かれちょります。この文章によりますと、「この岩は希義が愛馬の鞍をおいたとの伝承がある」とのことですが、その「岩」がどれか判りませんでした。う~ん、惜しい。この辺の水路補修工事かなんかで、看板だけ残って岩ははっきり判らんなったがでしょうかね。

ところで、介良から夜須へ向うには、素人が普通に考えると、海岸沿いのルートが一番近くて早いと思います。何故、希義さんはこんな北部回りのルートを採用し、こんなところで討たれたのか。謎ですな。今度調べてみましょうかね。


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