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南国バイパスの上り坂〔5989〕2019/09/08

2019年9月8日(日)

昨日は走って帰りました。

今朝。少し会社に用事があるので、走ってきました。暑いね。汗だく。着衣水泳したみたい。でも心地良かったです。

 

家を出てすぐの若松町界隈は、海抜0m地帯。で、会社の標高は13.4mだから、それくらい、登ってくることに、なります。

高須界隈は標高1m。船岡山の北のグドラックで、6m。大そねで11mだから、その間が、結構な上りになるんですね。その傾斜に従って、太古の昔、物部川の本流が流れてた時代もある訳です。

写真は、介良のパワーセンター前。知らんかもしれんけど、ここが一番上り坂を感じる地点ね。このカーブ。南国バイパスでも、橋を別にして、一番の上り坂が、ここ(個人の感想です)。

 

さて。今日はお昼前から、婚礼。と言いますか、結婚披露宴。今から家に帰って準備しましょう。

 

それにしても結婚式風景というのは、劇的に変わりましたね~。

僕らの父母の時代は、家でやってました。皿鉢とって。僕が若いころでも、自宅での婚礼、ありました。思い出すのは、浜改田でやったやつ。自宅の広間で披露宴で、まあ、みんな飲みました飲みました。「高砂や~」の謡いが始まると、参列者の多くが一緒にうなり始める風景に圧倒された記憶があります。

僕は経験ないけど、三日三晩飲み続ける、といった風習も、残ってました。

 

それから料亭みたいなところでやるようになり、ホテルみたいな会場でやるようになったのは、僕らが少し大きくなってから。

 

こないだ書いたけど、姉の披露宴を山内会館でやったのが、そんな時代の走りだったような気がします。40年前のこと。

それから。高知では、披露宴の規模がどんどんと大きくなりました。どこまで大きくなるんだろうか、というくらいね。数百人規模の婚礼、当たり前になってましたね。だから、親の知人とか、新郎新婦とはまったく面識もないような大勢のお客さんを招いて、大宴会になってたのが、僕が若い頃の、高知。

 

その頃になっても、幡多では、料亭とかでやる婚礼が本流でした。僕が司会した、弊社の社員さんの婚礼も、そう。いわゆる幡多方式ね。

新郎新婦入場の頃には、もう宴もたけなわで、ざわざわガヤガヤした中を、静々と入場してくる風景は違和感満載。そして、披露宴の最中に帰ってしまう人も、たくさん。まあ、ただの「おきゃく」。大宴会。披露宴であることも忘れて飲みたくる、お客たち。

 

それから月日が流れ、あんな大宴会の風景を見ることもほとんどなくなりました。

結婚式場はお洒落になり、コース料理で、友人知人に囲まれて懇談、てな雰囲気になった、高知の婚礼。

 

文化とか民俗とか、アッと言うまに変化していく。高知の婚礼風景も、この半世紀で劇的に変遷しました。これから、どんなになるんでしょうかね。

そうそう。お葬式も、広く告知した大きなものもあるけど、家族葬とか、こぢんまりしたものが増えました。

 

冠婚葬祭。儀礼。

昔は近所づきあいと個人的なものだったのが、社会的なものになり、大きいことはいいことだ、と、森永エールチョコレートみたいになり、そしてバブルが弾けてこぢんまり、個人主義的なものに帰結していくんでしょうかね。

個人主義的なものだけど、今の結婚式は、昔の、近所づきあい、近所のコミュニティの中での儀礼とは一線を画すもの。

 

冠婚葬祭の在りようは、社会を写すもの。面白いっすね。


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