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8月15日、台風10号通過中〔5965〕2019/08/15

2019年8月15日(水)台風

8月15日。終戦記念日。74年前の今日は、暑かった。と、言います。僕の母は、疎開先、佐川の斗賀野の小川で泳いでて、終戦の知らせを聞いたと言います。亡き父は、宇部の高専の学生で、終戦を迎えました。

終戦となり、宇部から高知へと汽車で帰る途中、原爆で被災した広島を通ってきた、という話を聞いたことがあります。それぞれの戦争の、記憶。

そんな記憶をもった人たちが少なくなり、知らない世代が増えてゆき、次の戦争が近づいてくる。人類は、そんなこと、学習もしないで繰り返してきたのかも知れません。

 

74年前はギラギラと夏の日差しが照りつけていたようですが、今日は台風。朝5時現在、台風10号が、今まさに、高知県の西端に近づいてまして、会社の部屋の外は暴風雨。嵐が吹き荒れてます。被害が無いことを祈るばかり。本当に、被害が無いことを祈るばかり。備えだけは万全に。

 

以前、幾度も書いてきたけど、台風10号と聞いて僕らから上の世代は、昭和45年の台風10号を思い浮かべます。すごかった、あの台風。須崎界隈に上陸したので、高知市を中心に凄まじい風水害をもたらした、あの台風。「台風10号」ではなくて、特別な固有名詞として「10号台風」と呼ぶことになった、あの忌まわしい台風の思い出。

あれから浦戸湾の埋め立ては中止となり、高潮対策の防潮堤が築かれ、下知にはポンプ場が整備されて水害に強いまちづくりが進んだ、高知市。だけども、気候が変わり、雨の降りかたも熱帯的になってきた昨今。

どんなことになるのかわかりません。被害のないことを祈るばかり。

 

10号台風のとき、高知市の坂本市長がテレビで「自分の命は自分で守ってほしい」と発言し、市長として無責任ではないか、と批判を浴びたりしたけど、今はそんな報道、当たり前になってきました。そう。自分の命は自分で守るのが、まずは基本。

できる限りのことを、自分で、やる。自分で、守る。

 

10号台風のときは、僕は南与力町の家にいました。追手前小学校3年生。家の2階から、北側の道路が川になり、どんどんと家の中へ濁流が入り込む風景を興奮しながら見てました。

台風が過ぎ去っても水はすぐに引かず、家の前の道をボートが往来していた。

台風の後、大量の瓦礫、ゴミが街のあちこちに積み上げられて異臭を発し、後片付けが大変だった記憶。

あの頃は、トイレも汲み取り式が多かったので、床上浸水になった家は大惨事になってましたよね。水洗便所が増えたのも、あの台風以降だった記憶が蘇ります。いろんな意味で、高知に多大な影響をもたらした10号台風。

 

その後。昭和50年の台風5号と昭和51年の台風17号が、高知を立て続けに襲い、これもまた高知の市街地を浸水させました。僕は中学2年と中学3年。昭和50年の台風5号は、今回の台風10号と似たコースで宿毛に上陸。大きな被害を高知にももたらした、台風だった。

 

僕の記憶では、この3つの台風がとても大きかった。

あとは、98豪雨。平成10年の、高知市東部を中心に大水害となった豪雨。実はその日、僕は徳島に居たので、その豪雨本体を経験してません。翌日、汽車やバスを乗り継いでなんとかかんとか高知へ帰り、その惨状を目にしたことでした。

 

今日は終戦記念日。戦争の記憶は、どんどんと薄れ、記憶を持つ人たちが減ってゆく。

10号台風の記憶も薄れ、記憶を持つ人も減ってゆくけど、台風や集中豪雨は絶えることなく続き、新たな災害の記憶がこれからも生まれてゆくだろう。

僕らには、災害の新たな記憶が生まれることを阻止することは不可能かも知れないけど、減らすことはできます。

 

でも、戦争の新たな記憶をつくりだすのは、僕らの責任に於いて、絶対に阻止しなければならないと思う、8月15日。それは人間次第だから。


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