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今日のにっこりひまわり

松本さんの家族新聞〔5959〕2019/08/09

2019年8月9日(金)晴れ!

なんか、暑いけど爽やかな朝になりました。昨日が立秋ですきんね。ちょっと寂しいけど、夏は過ぎゆく。高知では、よさこいが終わると夏も終盤と言われます。そんなよさこいが、今日から始まる。

 

今朝の高知新聞にもよさこい関連のページがたくさん組まれてます。が、僕の目に止まったのはこの記事。「家族新聞70年 日本最長!?」という見出しの、1ページまるまる使った記事。なんだ?家族新聞って。

読んでみると、芸西村和食出身の松本健夫さんという方が、ラバウルで九死に一生を得て復員後の昭和24年に、家族みんなで書いてガリ版刷りで始めた新聞が70年続き、昨年154号で最終号を迎えた、という記事。なんだそれは。すごいぞ。なんか知らんけど、すごい。

 

その「家族新聞」の名前は「マスコット」。ガリ版刷りでも、ちゃんと段組が為され、イラストがふんだんに盛り込まれ、多彩な記事が続く。執筆者は、母と、健夫さんら5人兄弟とその家族。みんながそれぞれ、いろんな体験談や感想、評論などを思い思いに書き連ねて、創刊2年目には20ページにもなっていたと書いてます。昨年の最終号は、増えた一族がみんなで執筆、20名を超える執筆者で、なんと156ページ。パーソナルな新聞、いや、もはや冊子だけども、パーソナルなものとしては凄過ぎますね。いや、凄い。

投稿はなんでもそのまま掲載するのがルールだそうで、「自転車転覆事件」「トイレ監禁事件」などの見出しが紹介されてます。僕にも「トイレ監禁事件」なら経験あるので、なんとなく想像できるけど、楽しそうだ。

健夫さんは98歳。最後まで編集長をつとめられたそう。執筆した中心メンバーが集まった写真が、この新聞上段の写真。

 

ん?

松本さんではないか。中央に写ってらっしゃる男性。僕のよく知ってる松本さんだ。松本紀郎さん。僕も末席を汚してる「秦史談会」の会長さん。「秦史談」という機関紙を、年に数回発刊されているけど、その編集作業はほとんど松本紀郎さんが一人でやられてます。土佐史に造詣が深く、立派なお人柄でみんなに慕われてる松本さん。この記事読んでみると、紀郎さんは健夫さんの弟さんでした。現在90歳。いやね、90歳。でも本当にお元気。

そうか。紀郎さんの、あの文章力と編集にかける熱意は、お兄さん譲りなのか。一族みんな、そういうことが大好きで、熱心で、真面目で、遊び心に溢れてるんだ、と、嬉しくなりました。

まさか、紀郎さんが、こんなことにも関わってたとは、全然知りませんでした。家族新聞ね。いや、すごい。

 

紀郎さんには、色々とお世話になってます。東日本大震災の後、僕が「命山」のことを言い始めた頃、戦争中、海軍航空隊の滑走路をつくるために、現在高知空港滑走路になってる場所にあった通称「命山」を切り崩す作業をやった、という話を伺ったのも、紀郎さん。そして紀郎さん、僕に、ちゃんと「命山」と記載された昭和8年の地図をコピーして、送ってきて下さいました

紀郎さんのことは、このにっこりでも幾度も書いてます。

命山のこと七ツ淵のこと愛宕の中堤のこと。などなど。

 

そうか。こんなことをやられてるご一族だったのか。なんか、納得したし、嬉しくなったし。高知新聞も、よくぞまあ、こんなこと調べて記事にしてくれました。いいこと、知りました。

世の中、本当に素晴らしい。素晴らしいけど、知らないことだらけ。

今朝のこの記事で、紀郎さんは「みちお」さんと読むことを初めて知りました。みんな「きろう」さんと呼んでますけど、「みちお」さんだったのか。本当に世の中は、知らないことだらけ。


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