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住吉野の開拓と二期作〔5955〕2019/08/05

2019年8月5日(月)晴れ!

まだ、台風の影響もなく、夏空の朝。セミがワシャワシャ。

土曜日は走って帰宅してたので、今朝は自転車出勤。昨日の夜が飲み会だったので、月曜にしては少し遅めの4時起床で、自転車漕ぎました。写真は5時前の住吉野。ここね。あの山が船岡山で、住吉神社さんが鎮座まします。山の内側は掘り尽くされ、外周だけが山みたいに見えてる船岡山

 

伊達野、住吉野、西野野の県道沿いには、こんな風景が広がってます。稲刈りが済んだ田んぼと、田植えしたばかりの田んぼ。もちろんまだ稲刈りしてない、黄金色に穂った田んぼもあるけど、もう、かなりの田んぼは稲刈り済み。高知ですきんね。昨日の日曜日は、稲刈りデーであり、田植えデーであった農家さんも多いと思います。

 

稲刈りが済んだ田んぼと、田植えが済んだ田んぼ。

二期作。

そう。高知名物の二期作は、この地域でも行われてます。介良で江戸時代に始まったという二期作は、この地域でも藩政期から行われてたと言いますね。大篠村村史によると、この一帯は低湿地のため、その生産力増強のために、寛永の頃から二期作が工夫され、実行されていた、とある。

 

そう。そもそもこの界隈は湿地帯。田んぼができるような場所ではなかった。古代から湿地帯だったので、香長条里に沿った区画整理になってない、てな話はこないだも書きました

この地域は、元禄の頃、大そね村の渋谷伝内という人物が、農民に永小作権を与えて反あたり2斗5升の低地代で開拓させたのが始まり、とも言います。

 

さて。謎です。

そもそも、「寛永の頃に二期作が工夫された」という謎。寛永というと、寛永寺に名前がついたように、江戸時代の初期だ。1624年から1645年。

土佐では、宝暦11年(1761年)、村上忠次という人物の訴状に二期作の記録があるのをもって初出とするらしいから、寛永の頃に二期作が始まってたとしたら、それはそれですごい。

まあ、その頃から二期作があったとしてだ。そんな稲作が行われてた地域が、元禄の頃、また開拓されたのか?という謎ね。元禄というと、1688年から1704年。

謎は深まる住吉野。これを考えだすと寝られない。

 

どうでも良いけど、とにかくこの地域の二期作の歴史は古い、ということと、低湿地で生産力が低かったがために、二期作が行われるようになった、ということは、事実なんだと思います。知らんけど。

 

こうやって、人類は、工夫を重ね、努力を重ねながら生きてきた訳だ。そんな証の風景が、ここに、あります。

さあ。月曜日。今週も頑張って工夫を重ね、努力を重ねて生きていこう。仕事仕事!


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