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御幸寺山で考える〔5893〕2019/06/04

2019年6月4日(火)薄曇りぞなもし

今朝は松山。昨夜、四国地区乳業協会の総会がございまして、バスに乗ってやってきました。懇親会、なかなか楽しかった。商売では、競争相手であったり仲間であったりする訳だけども、同じ業界に暮らす者として、業界全体の発展を願う者として、飲みながら語り合うことは、良いことだとしみじみ実感した、松山の夜。

で、今朝は5時過ぎに起き出して、昨夜の美味しかったお酒を身体から抜くべく、走ってきました。今朝はですね、御幸寺山。

 

以前、松山へ泊まった際に、天山(あまやま)の話を書きました。弊社が最初に松山営業所を出したのが、天山。そんな、愛媛県進出の原点、天山には、天山という山があります。

その天山、関ヶ原合戦の後で、加藤嘉明が家康に築城の許可を願い出た候補地の一つであった、という話。なんでも、第一候補地がその天山で、第二候補地が現在の松山城がある勝山、そして第三候補地が御幸寺山であった、という逸話がまことしやかに流布しているのである。

さて。この話、実は、根拠はない話なんだって。なんでも「松山俚人談」というのに書いているんだそうだけども、本当かどうかは誰も検証できないお話ね。まあ、それでも、面白い話では、あります。

 

更にまことしやかなのは、当時家康は、第二候補を選ぶ、という習性を持ってたので、勝山にお城を築きたかった加藤嘉明は、わざと勝山を第二候補にした、という話ね。さて。真相や、いかに。

 

この話の中で、結構扱いが雑な感じの第三候補が、御幸寺山。そこで、今朝は、その御幸寺山を駆け上がってくることにした訳だ。訳です。

 

その登り口は、一草庵の横にありました。一草庵は、種田山頭火が最後に暮らした場所で、僕も幾度か足を運んでます。そこから登山道があったとは、今朝、知りました。世の中は知らないことだらけだ。

そして、結構歩きやすく整備された感じの山道を一気に駆け上がる。標高164.6m。ふうふうぜえぜえ駆け上がるには丁度良い、苦し心地良い山でした。てっぺんには、岩を積み上げた蔵王様が鎮座。樹々に囲まれてて、その隙間から、松山の市街が見下ろせます。

なるほど。これは、お城を築くには良い山だ。

 

写真をご覧ください。眼前に、松山城。その左下の道は大街道につながる道。そして左端の向こう側に天山が見えてます。

 

候補の三山を比べてみよう

天山は、標高50.4m。勝山は132m。そしてここ、御幸寺山は164.2m。関ヶ原が終わり、平和な世の中のお城としては、天山が一番良かったんではないか、と僕なんかは思ってしまいますよね。

ここ御幸寺山は、まだ戦が続く世の中だったら、最高の立地だったんだと思う。家康に築城候補地の具申が本当にあったとしたら、僕が家康なら、御幸寺山に許可は出さない。だって、ここに立てこもって反乱起こされたら嫌だもの。地形図で見ると、この十字の場所が御幸寺山で、背後に山々が控え、岡豊山のようなしつらえ。

 

ともあれ、もし、天山に築城されてたら。もし、御幸寺山に築城されてたら。

そんな「もしも」で、松山の街がどんな街になっていたのか想像してみるのは、楽しい。早朝の御幸寺山へ駆け上って汗とアルコールを流し、麓の一草庵で山頭火に想いを馳せ、ホテルへ帰ってきました。

 

今日は今から関西方面。さあ。頑張って仕事仕事!


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