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イタチと蚊〔5874〕2019/05/16

2019年5月16日(木)晴れ!

飲んだ飲んだ。飲みました。昨日は、四国の乳牛共進会で高知県チームが団体優勝し、個人賞も軒並み総嘗めにしたという報告会と慰労会が、夜、ありました。高知県チームの優勝は2年連続。すごい。どうやら、高知県は、四国の中でいうと酪農のレベルがかなり高い位置付けになってきた、ということらしい。素晴らしいね。あ、共進会というのは、乳牛の個体のコンクールみたいなものね。各都道府県で競われ、各ブロックで競われ、そして4年に一度、全国で競われる共進会。

そんな訳で、優秀な酪農家さんたちと、昨夜は楽しい時間を過ごしてしまい、お酒の量も過ごしてしまったのでありました。二次会はひろめで、閉店まで飲みきった嬉しい夜。

明るい青空が、眩しい。

 

さて。写真は、会社から高知市内へと向かう途中。高知東部自動車道の、なんこく南インターチェンジ手前。向こうに潮見台の団地と、介良富士、鉢伏山が見えてます。あの山から東に連なる山を、このインターの場所で越えてゆく高速道路。

この、山の北側は伊達野。だての、ではなくて、いたちの。「いたちの」と読む伊達野。伊達野と書くとカッコ良さげだけども、どうやら、この地名の由来はイタチらしい。動物の。あのイタチが、この辺にとっても多かった。だからイタチ野で、それではあんまりだということで、カッコ良さげな感じを当てたんでしょうかね。知らんけど。

 

このインターを過ぎ、山の南側に出ると、そこは衣笠。紀貫之が、その風景が京の衣笠に似ているとかで命名されたらしい、衣笠。イタチ野とはエラい違いだ。

そうそう。衣笠は、稲生に所在します。いなぶ。この稲生という地名、明治になってからできた新しい地名だということ、ご存知でした?

そう。衣笠とかいくつかの地区が一緒になって、明治になってから稲生村ができたのでありました。なぜ、稲生になったのか。稲作と関係があることはわかるけど、誰が考えたのかは謎らしいです。

 

稲生から東へ行くと、里改田。その向こうに浜改田もあって、改田という地名が見える。これ、以前にご紹介したことのある蚊居田というのが、元々。戦国期に蚊居田氏という豪族がいて、お城を築いてました。でも元々は蚊居田氏ではなくて、中澤氏。なんでも、南北朝の戦乱の際、あの新田一族の脇屋(新田)義治が土佐へ逃れてきた、その末裔。戦国の頃になって、蚊居田と性を改めた。なぜか。それは、そこが蚊居田という地名だったから。なぜ、蚊居田だったかと言うと、界隈が湿地帯で蚊が多かったことに由来するんだって。

元々、太平洋と前浜の切戸でつながるラグーン、潟湖があった地帯。中世、細川氏の屋敷が田村にあった時代、ラグーン周辺に都市が形成されてたかも知れない。でも蚊が多かった。

 

イタチが多かったから伊達野。蚊が多かったから蚊居田で、改田。そのまんまやがな。

地名には、それぞれ、深い物語や伝説があったりするけど、イタチ野で蚊居田か。

 

今はイタチも蚊も、そんなに多くはないと思うけど、その由来は忘れられていくと思うけど、地名だけは長く長く受け継がれてゆく。


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