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古代の風景〔5814〕2019/03/17

2019年3月17日(日)晴れ

晴れてるけど、空は霞んでます。なんか、花粉、飛びそうな雰囲気。僕は今の所、幸いなことに花粉症ではないので、その苦しさを体験したことないけど、本当に大変ですね。プロバイオティクスの理論から、ヨーグルトが効果あるのは間違いないので、皆さん、ヨーグルトを食べましょうね。

 

昨日、走って帰ってました。今日は午前中会社でお仕事なので、走って出勤。走って出勤は久々。普段の出勤は早朝なので、日曜日くらいしかできないRUN出勤ね。ああ。心地良かった。ダイエット効果で身体が軽い軽い軽い軽い。

で、途中、ここへ寄ってました。若宮ノ東遺跡。

 

去年、6月18日のにっこりでもご紹介した、若宮ノ東遺跡。去年は、県内最大級の大型掘立柱建物の遺構が発掘された、という話でした。真北から13度東に振れた、いわゆる香長条里に沿うようにたてられていた大きな建物。発掘された土器とかから、7世紀の建物かも知れない、そしてその建物の大きさから、土佐の国衙かも知れない、などといった説が沸き上がってきてる、てなこと、書きました。律令時代の土佐の国衙は、国分寺の東、比江にあるので、その前の短い期間、そこに国衙が置かれたのかも、という想像ですね。

 

今回は、そこから少し西に、やはり香長条里の角度で、高床式の建物3棟の遺構が見つかった、というもの。昨日の高知新聞に載ってました。今朝、現地説明会があるんだそうですが、僕は行けないので、今朝、出勤RUNの途中で立ち寄ってみた、という訳です。

今回の3棟は、郡衙の正倉、つまり税として収められた穀物とかを収蔵しておく蔵であったのではないか、という記事でした。8~9世紀頃の話。郡衙の明瞭な遺跡が見つかった、というのは、なかなかに貴重だ。

 

さあ。そうなると、去年見つかったあの建物。あれは、本当に7世紀のものなのか。それなら、まだ律令制が確立してないのに、何故、香長条里に沿った方角に建てられているのか。そもそも香長条里は、いつ頃から成立したのか。ああ。謎が謎呼ぶ古代のロマン。妄想が暴走してしまう。

 

この写真。これは、真北から13度東に傾いた角度で撮影してます。このもう少し東に、住吉通り。たぶんその道辺りが、古代の官道。あの向こうの山と山の間を通ってまっすぐ、直線で、祈年遺跡を通って国分寺のところまで繋がっていたと思われる、官道がありました。それは間違いない。

ここは、たぶん、古代の交通の要衝であり、行政のひとつの拠点であり、人々が交流した場所。家々が立ち並び、農地をまっすぐに突っ切って国衙とつながる直線道路。

 

古代。ここには、そんな風景が、あった。


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