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アッと言う間のできごと〔5701〕2018/11/24

2018年11月24日(土)晴れ!

良いお天気。

昨夜は、藤原道長があの歌を詠んだ日から丁度1000年目の望月だったんだそう。知らんかった。Jr.2号から、スマホで写したよくわからん満月の写真に添えて「この世おば我が世とぞ思ふ」と書いたLINEが送られてきたのは、そういう意味だったのか。まあ、ロマンだ。

地球の営みにとって1000年はアッと言う間。瞬時。瞬間。だから、道長が眺めた月と僕らが眺める月には、そんなに違いはありません。

ただ、その当時はまだ、かに星雲は、ない。1054年に起こった超新星爆発の名残がかに星雲だから。道長が望月を眺めたのは1018年で、藤原定家の明月記にも記録されたという超新星爆発があっ たのは1054年。その超新星爆発が広がったのがかに星雲だから、道長は、かに星雲は見ていない。

望月は欠けんかったかも知れんけど、赤色超巨星は大爆発してかに星雲になりました。

道長が見上げた望月は、今も美しい望月だけど、道長にはかに星雲は見えんかった訳だ。

 

片坂。

四万十町と言われてもピンと来にくいね。窪川。窪川と佐賀の間の坂が、片坂。

窪川駅がある、窪川の街の中心部の標高は210m。土佐久礼から久礼坂を上がってきた七子峠は290m。窪川から佐賀へ向かう峠の標高も、だいたい290m。久礼坂も片坂も、同じくらいの標高差をつなぐ坂道なのでありました。

四万十川が四国山地から南流してきて、窪川で向きを変え、再び北流するのは、七子峠や片坂の峠に阻まれてしまうからですよね。

これは、四万十帯で、プレート運動によって押し上げられたシワが、ここにあるから。それにより四万十川は流れを変え、そこに更新世の低位段丘堆積物が広がってできたのが、窪川の平野

 

プレート運動の複雑さ、面白さ。

Googleマップで山脈の筋を見てみても、その不思議さは一目瞭然。北の、津野町や仁淀川町では、山脈は若干西が南へ振れた東西の山脈。ところが、窪川の南の、四万十川の流れを阻む山脈は、北東から南西へと連なる、西部がかなり南に振れた山脈だ。そして。その北部の山脈と窪川南の山脈をつなぐように、南北の山脈が出現している。これは素人目に見てもわかる、複雑な地形。その南北の山脈に沿って、断層も形成されているではないか。

 

久礼坂も、片坂も、そんな南北の断層が関係している坂なんではないか。と、このGoogleマップを見て妄想しました。東西、北東から南西、南北。このシワシワの三角形の真ん中に、窪川の盆地。そんな感じでしょうかね。

 

そんな地球の営みによってできた片坂も、こないだのバイパス一部開通で、時間がちょっと短縮されました。ここは拳ノ川のインター出口。窪川から拳ノ川まで、アッと言う間。

今日は用事があって、中村。幡多と高知をつなぐ交通インフラは、どんどんと進んでゆきます。この何年かでね。アッと言う間のできごと。

1000年前と同じ望月。アッと言う間のできごと。

更新世段丘堆積物による盆地ができたのは、数十万年単位の、地質年代で言えばアッと言う間のできごと。

プレート運動による断層で、片坂や久礼坂ができたのも、地球の営みの中では、アッと言う間のできごと。


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