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国道よりまっすぐな道〔5634〕2018/09/18

2018年9月18日(火)晴れ

朝5時。会社、本社棟の2階から、東の方向を撮影してみました。夜が明けるのも遅くなりました。もう、お彼岸が近いですきんね。早朝ですが、この前の道、結構頻繁に車が通ってゆく。

この道路。立田で旧国道から枝分かれし、物部川西岸に沿ってまっすぐ南進する、県道。そしてこの道路は、たぶん、軍用道路としてつくられたものだと思います。

 

地理院地図で、1960年代の写真を見てみると、こう。高知牛乳食品南国工場が、1棟だけポツンと見える。できたばかりの南国工場。その西側を、この県道が、田んぼの区画を突き抜けるように走ってます。

古くからある道は、田んぼの区画を突っ切らない。地形に沿うように、地形を邪魔しないようにつくられているのが昔の道。いや、つくられたというより、自然発生的に地形に合わせて道ができていったと言うべきか。

自然地形や田んぼの区画を無視して作られる幾何学的な道は、そこに強力な行政の意思が働いていることを意味します。

 

古くは律令時代の官道。隋唐の時代、中国の先進的制度を見習ってつくられた律令と、その制度の中で整備された官道。中国でもローマでも、道は、物資の輸送道路でもあり軍用道路でもあり、直線的に整備されてました。国際社会に見栄を張る必要があった当時の日本政府は、官服は随唐に倣ってズボン状になった胡服を採用し、官道は直線にしたのでありました。まあ、古代の鹿鳴館政策のような側面もあったんだと思う。

でも、雨が多くて湿地帯がいたるところにあり、川が幾筋にもなって流れる日本の地形では、直線道路は意味をなさない。馬が引っ張る戦車、走らせれませんきに。

 

ローマや中国では、地形的地質的に、直線道路をつくる条件に恵まれており、日本では無理だった。なので、平安京の時代に国が落ち着いてきて、対外的に見栄を張る必要がなくなると、官服はゆったりとした着物になる。高温多湿の日本ではね。楽ですきんね。

そして直線道路は廃れ、地形に見合った道ができていったという歴史。

 

で、この前の道。

戦後間も無く、1948年に米軍によって撮影された航空写真。高解像度表示で見てみてください。もちろん南国工場は無く、その北を東西に国道がくねくね走る。国道から分岐した道路は、国道よりも

まっすぐに、南へと下ってゆく。広くてくっきりとした、直線の道。

その道は、現在の高知大学農学部正門のところで右折してますね。そこに、海軍高知航空隊の本部があったから。農林海洋学部の本部は、海軍高知航空隊本部の場所に、あります。

 

そう。この道は、行政の強力な意思があってつくられた、直線の軍用道路だった。

この北に、土電安芸線が走り、駅もありました。立田駅の構内は広くつくられてたので、そこで軍用物資の積み下ろしも行われてたんだと想像できます。

 

もし。軍用物資を運ぶのに鉄道を利用しようと考えて、立田から飛行場へと引き込み線を引いていたら。今頃、空港連絡バスではなくてJR空港線なるものが利用されていたのかも、知れません。もしくは土電空港線。

 

今は、この道、ひまわり乳業の製品を運ぶ道。


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