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高視公を顕彰する講の社中〔5351〕2017/12/09

2017年12月9日(土)快晴!

昨日は、朝は暖かかかったのに、夕方高知へ帰ってみたら冷やい冷やい。山は雪でした。

そんな寒い中でしたが、昨夜の高知の街は賑やかでした。公務員ボーナス支給日で、金曜日で、年末で。色んな条件が重なって、とても人出が多かった高知のお街。

僕らも、飲んでました。弊社に、なんと45年も勤務して下さったSさんの退職慰労会。45年ですきんね。入社されたとき、僕はランドセルを背負って小学校に通っていたという、そんな記憶を持つ事務員さん。

乾杯の音頭を取ってくれたTさんは、「僕より5年後に入ってきたのがSさん」と挨拶してましたので、Tさんは50年。まだ現役で頑張ってくれれます。50年。半世紀。中学校を卒業してすぐ入社し、今まで50年。すごい。入社された時には、僕は近所の幼稚園へ通っていたそうです。ああ。

大先輩の皆様によって成長してきたひまわり乳業であることを改めて実感し、感謝した夜。

 

さて年末。

物騒な事件のニュースもありましたね。富岡八幡宮の宮司さんが刺し殺される事件。宮司職をめぐっての確執があったとか、色んな報道が為されてます。神社本庁が、殺害された宮司さんの宮司就任を認めなかったので神社本庁を離脱した、という話も出てます。なるほど。

富岡八幡宮さんには、2006年6月9日にお参りしてます。もう11年前か。

神社本庁というと、官公庁みたいな名前ですが、独立した民間の宗教法人。とは言え戦前の神祇院の流れを汲むので、戦前国家が推進した、天皇家と伊勢神宮を中心とした国家神道の元締めとして、現在も、殆どの神社が加盟する宗教法人。

でも、靖国神社とか日光東照宮とか伏見稲荷神社とか、加盟せずに単独の宗教法人で運営されている神社も、あります。

近年では、大分県にある、全国の八幡様の総元締め、宇佐八幡宮が、跡目の宮司を巡って地元と神社本庁が対立し、神社本庁から宮司が送り込まれる、という事態になったことを思い出す。それに反発した地元の氏子さんたちが反旗を翻した、という騒動でしたが、あれはどうなったんだろうか。

神社本庁、官公庁ではないですけど、そんな感じで捉えている人、多いと思う。名前は大事。

 

ここは今朝の潮江天満宮。本殿の脇、大山祇神社へ登る参道の下に、こんな説明板と石碑があります。高視公之碑。

言うまでもなく、この潮江天満宮創建の元となった、菅原道眞公嫡男、菅原高視さんを顕彰する碑。

道眞公が太宰府に左遷された際、嫡男の高視さんも、土佐権守として土佐に左遷され、道眞公亡き後、その遺品をお祀りしたのが潮江天満宮の始まりとされます。

で、この説明板には「建立 昭和八年十月吉日 高視公社中の手による」と書いてますが、この石碑の裏面を見ると「 昭和八年十月吉日 高視講社中の手による」とある。高視公の社中ではなくて、高視さんを尊崇する「講」の社中、つまり仲間たちによって建てられた、と解される「高視講社中」ですね。

現代では「講」という言葉、ネズミ講くらいでしか見なくなったので、ちょっとした勘違いでしょうね。まあ、大きな問題ではありません。

 

ちなみに「公」という使い方が正しいかどうか、確認しました。平安時代以降、その位階に関わらず、自らの主君への尊称として「公」を付けるという風習が生まれたということなので、高視公は、正しい。

 

さあ。今日も仕事仕事。


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