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開成館の配置〔5286〕2017/10/05

2017年10月5日(木)薄曇り

こないだの月曜日。夜遅くに帰宅していたら、家の近所の東九反田公園のトイレ脇に、なにやら説明板のようなものができてました。でも、まだ、シートで覆われていて、何を書いているのかは読めない。なんだろう、と思いながら、トイレに立ち寄って帰ったことでした。

昨日の朝、Facebookで真相を知りました。それは「高知市指定史跡 開成館跡」の説明板。慶応2年(1866年)にこの場所に建設された、土佐の殖産興業の拠点、開成館について、絵図付きで説明するものでありました。10月3日には除幕式、やっちゅうがですね。知らんかった。

 

開成館には7つの局が置かれ、殖産興業が云々カンヌンという話は今までさんざん書いてきたので、今日はやめておこう。この公園に昭和17年に建てられた「嗚呼不朽」の碑の話だけは読んどいてくださいね。その碑に深く関わったのは水野吉太郎さん

さておき、簡単にこの場所の歴史だけに触れちょくと、明治3年に寅賓館と改称。西郷、大久保、木戸、板垣らの会談が行われたのも、ここだ。明治7年に、立志社・立志学舎。明治13年に海南学校。昭和6年に県立学校海南中学。まあ、そんな感じ。

 

今朝、出社前に撮影したのがこの写真。

絵図、見えます?見えませんね。この絵図によりますれば、開成館は、北は堀川、南は鏡川に面した広いものであった。南半分が一段高くなっており、その西端に開成門。7つの局は、下段に並んでいた。偉い人たちは上段で仕事をし、下段では実務者たちが働いていた、という風景。

では、その往時の建物配置は、現在のどこに比定できるのか、考えてみよう。

ヒントとなるのが高低差。段差。石垣三段分くらいの高低差が描かれているので、70cm~1mくらいでしょうかね。

では早速、地理院地図

真ん中の十字の部分を合わせると、その場所の標高がわかります。まず、この写真右手の道路。これは、概ね、標高1.2~1.3mだ。次にこの写真の、公園の辺りに十字を合わせると、2.1m~2.3m。なるほど。公園南側の道路も2.2mくらい。

この事実から妄想すると、上段と下段の境目は、この右手の道路と公園の境目であったのかも、知れません。地形というのは、なかなか変わらないものなので。

さすれば、開成門の位置は、公園南西入り口の西側か。公園の南側の道路や住宅の界隈に、偉い人たちが仕事をした大きな建物。公園南の道路から堀川にかけて、7つの局が並んでいたのか。

う~ん。そうすると、7つの実務局の事務所、ちょっと狭い気もするね。場所としてはたぶん、向こうの街灯の辺りから北側。そんな風景を思い浮かべてみると、楽しい。

絵図を見ると、松の木がたくさん植えられてます。今も公園南側には大きな松。「嗚呼不朽」の碑を建てたのは「大松倶楽部」。その大きな松の木に由来する名前。

大きな松は、開成館から現在に至る歴史をずうっと見てきたのか。

 

ともあれ、この新しい説明板を建てて下さいました高知りょうまライオンズクラブの皆様に、深く敬意を表したいと思います。こういう取り組みは、大切です。


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