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清掃活動、田んぼ、寛政、天明の飢饉、ラキ火山とフランス革命〔5148〕2017/05/20

2017年5月20日(土)とても良いお天気

 

昨日は中村支店でした。四万十市中村。で、中村に泊まってました。支店のメンバーと、中村のおいしいお店で飲んでました。しかし今日は第三土曜日。第一、第三、第五土曜日の朝は、会社周辺の清掃日と決めてますので、それに間に合うよう、帰ってきちょります。南国市物部。

正面に携帯電話の鉄塔が見えます。その右手が、ひまわり乳業本社にして南国工場。工場の周辺は、こんな感じの美しい田園地帯。古くから、物部川が形成する扇状地に広がった、高知有数の田園地帯が、ここにある。

高知の田植えは早いので、もう、田んぼの緑はかなり濃くなってきました。7月中には稲刈りが行われる高知の田んぼだ。

田んぼの周囲には網の目のように農業用水。物部川から引かれた豊かにして清浄な水が、網の目状の水路を潤す風景。初夏。

物部川は、古来、幾度もその流路を変えてきました。今は、歴史上最も東を流れていると思われる、物部川。本流と、毛細血管のような支流が流れるこの地域に形成されてきた人々が暮らす集落。物部庄は、物部氏に関係する古い古い土地。

古い土地では、よく、屋敷墓を見かけます。住居に隣接して、一族の墓所が設けられている屋敷墓。ここ物部でも、よく見かけます。また、農地整理に伴って整備された墓地も、ある。その墓石を見てみると古いの、ありますね~。

19世紀のものは当たり前のように存在し、18世紀の黒ずんだ墓石も、見えます。この西側には、寛政と刻まれた墓石も。

寛政と言いますと1789年から1801年まで。松平定信の寛政の改革で有名な、寛政。

寛政の改革は、その手前の天明の時代に、日本列島を襲った大飢饉に対処するために実行された改革。江戸時代には幾度かの飢饉が発生してますが、天明の飢饉は、その中でも一番悲惨であったと言われます。すさまじい。

その飢饉の原因は浅間山の噴火とも言われますが、最初のきっかけは、そうではない。1783年春には、大雨、冷害で大変な不作になりつつあった、日本列島。浅間山噴火は1783年7月なので、飢饉の発生はそれより前だ。

では、何が長雨や冷害を引き起こしたのかと言えば、エルニーニョ。これはどうやら間違いないにかありません。

 

ただ。

天明の飢饉は、1786年にも深刻な事態を迎え、1788年まで続いている。それは、エルニーニョの影響で深刻になった状況に、火山の噴火での日照量の低下などが重なったもの、とされますね。浅間山だけでなく、1783年に大噴火をおこしたアイスランドのラキ火山の影響も、間違いなく、受けています。不幸な要因んがいくつか重なる。歴史ではよくあること。

そうそう。そのラキ火山の大噴火は、ヨーロッパに深刻な被害をもたらし、大量の貧困層を生み出して、それが1789年のフランス革命を引き起こした、というのは世界史の常識だ。気候と歴史は密接に関連している。

今は、大飢饉という言葉も聞かんなりました。飽食の時代。

でも、ほんの最近まで、日本でも、大量の飢民が発生して何十万人もの人が餓死した時代があった、という事実は、この美しい田園風景からは想像もできない。


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