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勝瑞城の歴史と合区〔4842〕2016/07/18

2016年7月18日(月)晴れ!

海の日は良いお天気。今日も暑くて結構結構。

で、今日明日は研修で徳島。楽しみな研修ですが、その会場へ行く前に、ここに立ち寄りました。勝瑞城址。中世からの平城で、かなり長い期間、阿波の中心として栄えた場所。

こないだ、徳島と高知が合区になっての参議院選挙がありました。その際、明治9年から13年の間、徳島県が高知県に編入されていた、という歴史が話題になりましたよね。徳島県民にとっては屈辱の歴史。
で、歴史ということで見ると、阿波が土佐に飲み込まれてしまった歴史が、もう一つ。ご存知、長宗我部元親の四国制覇戦。

土佐一国を統一した長宗我部元親は、その勢いで、阿波や伊予へと侵攻を開始。阿波攻めは、山間部を進軍して、現在の阿波池田の白地城、そして吉野川沿いを東進していく軍と、室戸から北上していく軍との二面作戦が取られた。
色々ありましたが、最終的に、ここ、勝瑞城を守っていた十河存保をうち破り、1582年に、長宗我部は阿波の覇者にも、なった。

徳島県人屈辱の歴史。
勝瑞城は、戦国以前、中世からの城。
室町期、阿波は、土佐と同じく管領細川家が守護となっていた。で、細川氏は、この場所を本拠とし、阿波を支配していたのであります。
その細川氏が、南国市田村を本拠とし、土佐を支配していたのと同じ構図。

そっからの歴史が、違う。
土佐の場合、徐々に細川家の支配から離れ、長宗我部氏は、地元に残る細川勢力を攻めたり取り込んだししながら勢力を広げていった。
阿波では、細川持隆が家臣の三好氏に殺害される、という事件から三好氏が覇権を握り、そのまま戦国期に突入。

で、上記のような歴史になる訳だ。

まあ、色々ありますが、阿波と土佐は、そんな歴史もあったりして、一緒になにかをしましょう、てなことにはならない文化を、長い期間かけて育んできた。それはもう、徳島県人と高知県人になってみたいとわからんと思います。

土佐の英雄、長宗我部元親は、四国の、高知以外の土地では侵略者ですきんね。そんな感覚、高知県人には、なかなか想像できない。

ともあれ勝瑞城址。
三好家の菩提寺、見性寺が、今も城址に残り、往時をしのばせてくれる。
ここにもあった、合区に心情的に反対する理由のひとつ。


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