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眉山の風景〔4727〕2016/03/25

2016年3月25日(金)晴れ!

今朝は徳島。業界の寄り合いで、昨日のお昼、車を飛ばしてやって来ました。日本乳業協会や、全国飲用乳公正取引協議会の役員さんが来ての、四国ブロックの説明会。四国島内の業界メンバーも集まって、濃密な時間を過ごさせて頂きました。懇親会もあったので、徳島駅前泊。

今朝は4時過ぎに起床。4時過ぎには目が覚めてしまう私。
で、今朝は眉山を駆け上がってみることにしました。眉山。徳島市の中心部西側に横たわる山で、徳島のシンボルと言うたちかまんようなランドマーク、眉山。標高は290mだが、普通に皆が「山頂」と呼ぶのは山の東のピークで277m。そこにはロープウェイの山頂駅があり、パゴダや公園、売店もあって、賑やかな場所になっちょります。
徳島のテレビ塔も、その場所に集中しちょりますね。

眉山。
調べてみますれば、どの方向から見ても眉のように見えるので、眉山。びざん、と読みます。まゆやまではありません。
小学生の頃、三好町の親戚んちに泊まっちょった際に、徳島市まで遊びに連れてきてもらい、ロープウェイに乗って登った記憶があります。
いつの頃から眉毛みたいに見られちょったのかと言うと、古い。万葉集ですきんね。
「春三月、難波宮に幸す時の歌」として詠われちゅうのが、この歌。

眉のごと 雲居に見ゆる阿波の山 かけて榜ぐ舟 泊知らずも

ウィキの現代語約では、「眉のように遥かに見える阿波の山 その山を目指して漕ぐ船 停泊する港はどことも知れないのだ。」とあります。

万葉集の頃から、眉のようだと歌われた眉山。
4時半過ぎにホテルを出て、眉山の東をまわって南麓の眉山パークウェイへ。山頂公園までつながる自動車道路。もちろんまだ真っ暗いのですが、早朝から、その道路を歩いて眉山へ登る善男善女がいらっしゃいました。そんな人々を追い抜き、一気に山頂公園へ。
写真は、ロープウェイ山頂駅の展望台から撮影した徳島市街と吉野川河口、そして、海。美しい風景。右端に私の影が写りこんでいます。

眼下の、市街地の中にある小山が、徳島城址。室町時代、細川頼之があの小山に築城。その後、戦国期には長宗我部元親が使ったこともある、城。最終的には蜂須賀家政が秀吉に賜って阿波へ入国、あの場所に大きな城を築城したのでありました。阿波蜂須賀家25万石の居城。

蜂須賀家は、この眉山北麓にお寺を集め、藩主一族の墓所をつくった。
高知城と筆山の関係と一緒ですな。
眉山は、高知市民にとっての筆山と同じ位置付けで、徳島市民に愛されているのでありましょう。
しかし標高は277m。筆山の標高は117mなので、倍以上。その標高の眉山に毎朝散歩に来る皆さんは、筆山へ散歩に行く人々よりも、足腰が鍛えられちょりますね。

眉山に登ったのは小学生以来かと思いながら、山頂から新町方面へ下る山道をみつけて下っておりましたら、なんか、既視感。この尾根道、下ったことがあるぞ。絶対に、ある。しかし、眉山を駆け上がった記憶は、無い。何故だろう。

ホテルへ帰ってきて、過去のにっこりを検索してみたら、わかりました。
2011年1月14日。同じく業界の寄り合いで徳島にやってきて、寄り合いの後、時間があったのでロープウェイで眉山に登っているではないか。で、スーツ姿ではあったものの、山道を歩いて下っちょりました。その時に通った山道を、今朝も駆け下った、という訳だ。既視感は当然。

しかしあれですね。人間の記憶、あてにならんもんだ。ロープウェイで登ったこと、すっかり忘れ果てちゅうとは。今朝の眉山11kmランは、さすがに忘れんとは思います。徳島。眉山。良い山ランでした。


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