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今日のにっこりひまわり

神の山の残像〔4591〕2015/11/10

2015年11月10日(火)晴れ

しかしあれですね。昨日のにっこりを読み返してみると、まあ、酔っ払うちゅうことがよくわかる。よくぞ忘れずににっこりひまわりをアップさせたことだ、と、自分ながらに感心してしまうような酔方でした。
あれからひろめで日暮れまでグッスリやりました。何時間おったんだ?
で、日が暮れてから別のお店に移動して3次会。ああ。飲みました。たっぷり。

昨日は車を会社に置いたまんな、飲みにでました。自転車は家に降ろしちょったので、今朝は自転車出勤。昨日のアルコールを身体から追い払う早朝自転車出勤となりました。
写真は、今朝、5時前の介良。右手、水路の反対側に中野団地で、左手に見える黒い山が、介良富士とも呼ばれる小富士山。
この山塊全体は鉢伏山で、一番のピークは213.4m。団地を挟んで北側のピークが170mで、その部分が介良富士。幾度か、たつくったことがあります。

その山の西麓には、朝峯神社さん。木花佐久夜姫をお祀りする延喜式内社。以前、女人禁制の、拝殿背後の古い石段を登り、ご神体とされる巨岩を拝んできたことがあります。女陰を象徴する巨岩の元には、水が枯れたことのないと言われる湧き水。実に厳粛且つ荘厳な雰囲気の神域でした。
朝峯神社の秋の祭礼では、神子の童子が神憑りする儀式が伝えられちゅうそうです。七日間の忌篭りを終えた「行子」は、衣装を身につけ、顔に白粉を厚塗りし、額に八字眉を描く。頭屋で正座させて眠らせ、馬に乗せて神幸、本社へ行って、占問いの儀式を行った、とあります。宣託後に衣装を脱がせ、洗顔させると憑依の眠りから覚める、というもの。
今も、残されているのだろうか。

朝峯神社横から介良富士へと急坂を登れば、途中、磐坐のようなものもあり、古くからの信仰の山であったことはよく解ります。

山の北麓に、介良から南国市田村へとつながる県道。狭い県道ですが、交通量は多い。会社から家までのランでは、よく通る道ですが、狭い道路を車がビュンビュン走るので、ちくと危険な道。
その道が、今、広がりよります。工事は東から順に進んできました。結構長い期間、かかっております。
どれっぱあ前からやりゆうのかと言えば、6年以上前から。
このにっこりでも、2009年11月17日に、道路拡張工事の模様をお伝えしちょりますきんね。もう、6年前だ。で、ちょっとづつ、ジコジコと工事は進み、やっとここまできました。
ここは、中野団地西入り口。東から工事が進んで、このしゅっと東まで拡がりました。残るは、この黒い山裾のみか。

実は、ここの、山と川に挟まれた部分は一番暗く、狭く、危険な場所。
暗い時間帯に走り抜けながら山の方角を見ると、ちょっと、すごい雰囲気になっちょります。鬱蒼とした樹々に囲まれた忠霊塔。そしていくつかの墓所。山は、神様のおわします山。
さあ。
ここが最後まで残された理由は、わかるような気がする。手を付け難い、人間の作業を拒絶するような何かが、ここには居ます。

とは言え、ここまで工事を進めて、ここで終わることはないでしょう。黒い森が残る貴重な風景を、今の内に撮影しちょかねば、ということで、今朝、撮影してきました。
車が通過して明るうなっちゅう場所の山手。そこ。目を凝らしても、何も写っちょりませんが、そこです。黒い森の中の忠霊塔と、墓所。神の山の、残像。


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