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沢マンと同潤会アパート〔4581〕2015/10/31

2015年10月31日(土)薄曇り

ここは高知市薊野。言わずと知れた沢田マンション。通称「沢マン」。
不思議な建築物として有名で、ここには、ロハスな方やアートな人々が多く居住しちょります。しゅっと南側に北部環状線ができたお陰で、表舞台に躍り出てきた感があります。

この界隈、以前は一面の田んぼで、山裾に東秦泉寺からつながる狭い道路があるばかりの、寂しい場所でした。
ここに、この、不思議な形状のマンションができたのは、小生が小学校6年生の頃でした。

ウィキによりますれば、建築に関しては素人同然の沢田さんが、家族と一緒に独力で建てたというマンション。地上5階建て、約60戸というもので、当初は母子家庭など、社会的に困窮状況にある人々の入居が優先されちょった、とあります。なるほど。思い当たる。

追手前小学校の5年生の頃。学校の近所で、母子家庭で暮らしていた同級生が居りました。その同級生が家を引っ越したのですが、その、引っ越して行った先が、薊野の山裾にできたばかしの白い不思議なマンションでした。自転車で遊びに行ったときの、その不思議な印象は、今でも覚えちょります。素人同然の沢田さん、その後も趣味で増築を重ね、今の姿になりました。
なんともアートで不思議なマンション、沢マン。

アートな集合住宅で思い出すのが「同潤会アパート」。こないだうちから少し触れております、1985年に上梓された陣内秀信先生の「東京の空間人類学」にも詳しく書かれちゅう「同潤会アパート」。
関東大震災をきっかけとして、市民に公営住宅を供給する目的でつくられた同潤会。その取り組みは斬新にしてアート。大正末期から昭和初期にかけての日本人は、実に、デザインというものに対して鋭敏であったということがわかる、同潤会アパート。都内にたくさん建てられました。

「東京の空間人類学」から、文章を抜粋してみましょう。
「この同潤会アパートといえば、設計・デザインの斬新さばかりか、管理・運営のシステム、そしてそのなかで培われたコミュニティ意識、長年にわたり様々な増改築を行いながら住みこなされ、成熟した環境を獲得している点など、どれをとっても現代の設計家の注目を浴びる話題にことかかない。」

なんか、沢マンのことを書いちゅうみたいに見えます。
同潤会アパートは、中庭をつくったり共有空間のデザイン性を極めて重視したりした上、水洗便所や都市ガスなどの最先端インフラを備え、都心に溶け込んでいったと言います。それまでの下町のコミュニティといった文脈は、西洋式のモダンなアパートメントハウスに持ち込まれ、独特の、興味深い景観、コミュニティが形成されていったそうだ。なんか、一回住んでみたい、同潤会アパート。

「東京の空間人類学」が書かれた1985年時点では、「鉄筋コンクリート造による下町の同潤会アパートの大半は、戦災にも耐え、今なお健在な姿を見せている。住人のなかには、東京の近代史を飾ったこのモダンなアパートメント・ハウスを今も誇りとしている人が圧倒的に多い。」という状況でした。
ところが。

ウィキによりますれば、同潤会アパートとして建てられた16のアパートメント・ハウスは、その後どんどんと激しい勢いで解体されてしまい、2013年、下谷の上野下アパートメント解体を最後に、全部、なくなってしまいました。残念。
もうちょっと早く見に行っちょくべきでした。ホントに残念。

2003年に解体された同潤会アパート、青山アパートメントの跡地にできたのが表参道ヒルズ。で、その一部に、安藤忠雄設計で青山アパートメントの外観が再現され「同潤館」という商業施設になっちゅうと言います。でも、再現ですきんね。本物が見たかった。

この沢田マンションから同潤会アパートを連想してしまいましたが、同潤会の活動を見るにつけ、都市計画は「思想」である、ということがよく理解できます。
藩政期の前半、明暦の大火で焼け野が原になった江戸の街を、見事に作り変えていった都市計画。関東大震災後の東京を帝都につくりかえていった都市計画。
それまでの都市の文脈を活かしながら、「思想」によって新しい街をつくっていく。

やはり、都市計画は、思想だ。


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