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街道考3〔4126〕2014/08/02

街道考3

2014年8月2日(土)雨

台風の影響で、朝から、結構ガイな雨が降る高知県地方。不安定で、やんだかと思うと急に降り出し、雷もピカピカゴロゴロ。
そんな中、今日も街道の話。
現在の高知自動車道が通る、立川から馬立へ越えて行くルートは、かつて「土佐北街道」が通っちょったルートに似いちょります。しかし、正確にはちくと違うので、今日はそのご紹介。

高知の城下を山田橋番所で抜け、比島、一宮を通って布師田から中島へ。このルートは、以前のにっこりでもご紹介しました。で、中島で東街道と北街道が分岐するのであります。東街道は中島から黒岩の餅屋のところを南下、小籠を通って後免へと至ります。さて、北街道。

中島の送番所を過ぎると領石へ。現在の国道32号線、根曳の坂を登り始めてしゅっとを、亀岩の方面、つまり左へ曲がって山へと登っていきよりました。その山道はなかなか険しかったようで、標高580mの権若峠を越えて穴内へとつながっちょりました。権若峠はゴンニャク越え。このルート、現在のGoogleマップで見てみると車道は途中で消えちょりました。車では越えれんがでしょうか。徒歩の山道は残っちゅうがでしょうか。こんど、ぜひたつくってみたい。

で、権若峠を越えて下ると穴内川上流。現在の穴内ダムがある界隈。そこにも穴内番所がありました。穴内番所を過ぎると国見越え。国見山のネキを越えて本山へと下って行く道。穴内から本山へは、現在も県道267号線が通っちょりますが、車道は地図で見ると実にクネクネ。山道はもっと短いルートを通っちゅうのでしょうか。国見越えは標高1030mやそうです。この街道を行く、ということは、1000m級の山に登る登山と同じ。標高差1000mの山を登るのは、かなり本格的にキツイ登山ですき、昔の人々の健脚がしのばれます。
で、街道は本山土居へ。戦国期、本山氏の本拠があった場所。藩政期になると、野中兼山さんの土居付き知行所となった、本山。この盆地は古くから拓け、本山はその政治経済の中心。街道も、その本山を通らん訳には参りません。穴内川を下って吉野川から立川川を遡るのではなく、街道は、険しい1030mの国見越えルートを採用しちょったのは、本山があったきでしょうか。

本山から吉野川沿いに下り、木能津で北岸に渡って川口から立川川沿いに北上、立川番所へ。そろばん坂と呼ばれた急坂を登り、最後の番所を過ぎて更に登ると笹ヶ峰。山頂近くの鞍部が峠で、標高1010m。そこから馬立への急坂を下り、川之江方面へ。

こうやって見てみると、国境の笹ヶ峰よりも、穴内番所から本山へ抜ける国見越えの方の標高が高い。わざわざ、そんな場所を通っていたのは、本山という政治経済の中心を通らん訳にはいかんかったき。明治になると、しゅっと(明治4年)、根曳峠から戸手野、杉という今の国道のルートに変更され、そこから川口、立川とつながる本山を通らないコースになったそうです。

この土佐北街道が参勤交代のルートとして最初に採用されたのは享保二年(1718年)ですが、完全に定着したのは明和二年(1765年)。上に書いたように、1000m以上の峠、それもとてつもない急坂を二回も越えるルートなので、その参勤交代に動員された人夫の数は数千人とも言われ、地域の重い重い負担になっちょったと言います。

写真は穴内ダム湖畔の道。県道268号線。旧繁藤小学校のところから穴内川を遡ると、ダムを過ぎ、ここに至ります。ここから狭い道が本山まで県道267号線が国見越えで繋がっちゅうがです。田井に仕事がある小生、今日は、それを越えて行ってみろうかと思いよったがです。
しかし。
繁藤を過ぎる頃から大雨。それも豪雨。県道は滝のようになり、壁面からは泥水が吹き出してきます。後でわかったのですが、丁度この時間帯、繁藤の時間雨量は70mm近かったにかありません。で、ここで大人の分別。土砂崩れに巻き込まれるとは言わんでも、道路が冠水したり、それこそどこかが崩れて通れんなったり、ということも想像できたので、引き返したのであります。53才、大人の分別。それにしてもすごい雨でした。国見越えは、またのお楽しみ。

穴内番所跡は、現在の穴内ダムに沈んじゅうそうです。今はダム湖沿いの道路の方がずっと広いですが、県道268号線。狭い、本山へ抜ける道が267号線。こちらの方が、古い道であったことが、県道の順番で類推できませんでしょうか。

昨日も書きましたが、日本の街道は、ここに書いたような山越えルートが当たり前。これでは馬車は発達しない。徒歩が、普通の移動手段で、1000mくらいの標高差はものともしない健脚が、昔の日本人の誰にでも備わっちょったのでありましょう。
こないだ読んだ本に書いちょって、納得できたことがありました。日本人は、何でも小型化することでは世界でも一番。そうですね、それはわかります。その習性というか性質というか、アイデンティティは、この、何でも自分で持って歩かんといかん「徒歩」という移動手段によって培われたもの、という仮説。
街道を検証すると、日本のアイデンティティが見えてきます。


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