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三坂峠、久万官道〔4123〕2014/07/30

三坂峠、久万官道

2014年7月30日(水)晴れ後曇り一時小雨

今日は朝から良いお天気でしたが、午後から小雨が降ったりするお天気になりました。早朝、松山へ行っちょりまして、お昼過ぎに国道33号線にて高知へモンて来ちょります。
写真は三坂峠から撮影した松山市方面。実に良い景色の三坂峠。

この峠を通らない、長いトンネルをぶち抜いた三坂道路が完成したので、ほとんどの車が通らんなった旧道、三坂峠からの絶景。
高知と松山を行き来する道として非常に重要な役割を果たしてきた道、国道33号線。かつて、高知から松山へ行くには、この道を走る国鉄バスの南国号を利用しよりました。その難所がここ、三坂峠。国道33号線でも一番標高の高い部分で、冬は雪が積もる。チェーンの携行は必須でした。三坂道路ができて、よほどのことがない限りチェーンも必要なくなりました。

昔。
土佐と伊予を結ぶオオヤケの道、官道が、ここを通っておりました。久万官道。その道が官道になったのは662年と言いますき、古い。大化の改新の17年後。壬申の乱の10年前。律令制度が徐々に取り入れられ、中央集権が少しづつ整備されていきよった時代。土佐も、中央の政権の中に組み入れられ、オオヤケの道によって行き来できるようにする必要があったがでしょう。
当時、と申しますか、明治に至るまで、その久万官道、つまり松山街道は、今とはかなり違うルートを通っておりました。松山市街から久万町までは、現在のルートとメッソ変わらない。なので、この写真を撮影した場所は、古い官道からはそんなに外れていない場所。

久万町から高知県の仁淀川町大崎までは、今の国道ルートとは全然違うルート。
久万は、現在は久万高原町。その役場のちょっと北側から東へ向かう県道12号線。高原ゴルフ倶楽部から岩谷寺の横を抜けていくと、国道494号線に合流します。国道11号線の桜三里の途中から高知県の池川につながる国道494号線。494号線をくねくね走ると県境。高知県。で、用居を抜け、池川町、現在の仁淀川町池川に出てきて、国道439号線を下って仁淀川町大崎で国道33号線に戻る。そういったルート。それが、明治になるまでの松山街道でした。

平成の大合併があるまで、仁淀川町は、仁淀村、吾川村、そして池川町でした。現在の感覚でいうと、ずっと奥にあって人口も少なそうに見える池川が「町」であったのが実に不思議でした。しかし、池川は、松山街道の交通の要衝であったのであります。東へ抜けると下八川、上八川、本川、伊野へもつながる交通の要衝。
土佐から松山方面に行く場合には必ず通過する町が池川やったのでありますね。

ここ、三坂峠も、三坂道路ができてメインルートではなくなり、静かになりました。そもそも、松山自動車道や高知自動車道が開通して、国道33号線の交通量が激減し、高知松山のメインルートではなくなりました。
現在の国道33号線のルートが、香川の大久保諶之丞によって四国新道として整備されたのは明治27年で、県道になったのが大正9年。昭和20年に国道23号になり、そして昭和27年に国道33号線に。

その、人々の思いが込められた国道33号線も、今は静かな国道になりました。小生、松山へ行ったり来たりする際、時間があればこの道を通ります。実に美しい仁淀川沿いのルートは、車も少なくて走りやすい、良い道です。
一度、久万官道のルートも通って帰ってみたいですね。一応、県道と国道。池川が、重要な町であった時代を体感してみたいと思いよります。


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