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坪尻駅へのアクセス路〔4060〕2014/05/28

坪尻駅へのアクセス路

2014年5月28日(水)晴れ

今日も晴れ。まだ、梅雨入りしそうにもない、高知県地方。朝の汽車に乗って本州方面へ向かいよります。大阪出張。
8時の特急に乗れば間に合う出張なのでありますが、4時半に出勤して一仕事済ませ、6時の特急南風に乗りました。そして阿波池田で途中下車。各駅停車に乗り換えてやってきました。坪尻。
最近は秘境の駅として有名になった、土讃線、阿讃国境の坪尻駅。

ウィキペディアを見ると、一日平均利用客2名となっちょりますが、最近はもっと減少しちゅうとの話もあります。この駅を利用するには、もちろん車は無理。国道からだと、700mの険しい山道を下っていかんと行けません。反対側の山道を20分ほど歩いて登ると、小さな集落に行き着くそうです。そんな駅。

この冬、探検してきました。
元々、土讃線讃岐財田駅と徳島県の佃駅の間が開通した昭和4年、県境のトンネル入口に坪尻信号場として開設。昭和25年に駅に昇格、昭和45年無人化して、今に至るという歴史を持ちます。
徳島側の箸蔵駅と、香川側の讃岐財田駅の間が12km以上あり、途中、列車の行き違いなどの信号場が必要となったことから建設されたと思われます。
しかし、あまりにも急峻な山中なので、当時の技術で、信号場をつくるようなスペースが確保できない。そこで、谷を流れておった川の蛇行部分に水のトンネルを掘り、流れを付け替え、旧河道であったスペースの谷を埋め立ててスイッチバックの駅をつくったという訳です。
この冬、その水トンネルの探索にやって来て、山中に分け入って遭難しかかりながらすべてを解明してきました。

今朝は、阿波池田駅から琴平駅まで、各駅停車を利用することで、坪尻駅に立ち寄ることが可能になりました。この駅で、特急列車との待ち合わせをするので、13分停車。その間に、駅周辺の探査ができたのであります。
小学生の頃、この一つ阿波池田寄りにある箸蔵駅近くの親戚の家に、しょっちゅう泊まりに来よりました。その当時、箸蔵から琴平善通寺方面へ汽車に乗って行くことがあり、坪尻駅の風景を覚えております。印象的に覚えちゅうのは、車窓から見た、眼下の深い谷と対岸の崖に取り付けられた旅館などの広告看板。あんな崖の上に、どうやって取り付けたものやら、と不思議に思いながら眺めていた小学生時代。

特急で通過する際に、どう目を凝らしてみても、眼下の谷や崖の看板を見ることはできない。あの風景は幻であったのか、と思うくらい。
その理由がわかったのは、前回の探検のとき。
各駅停車の上り列車が駅から出発する際、一旦後退してスイッチバックの引き込み線の方へと下がります。そして讃岐財田方面に再前進する訳ですが、その、後退して停止した汽車の車窓から見えるのです。眼下の谷と対岸崖の広告看板。
今は、その広告看板の痕跡もありませんが、掲げられちょった崖の風景は昔のまま。懐かしい風景。

この写真は、山の上の集落から坪尻駅にやってくる道。こんな道。こっから先は今の季節は鬱蒼とした藪漕ぎ。ハミも出るにかありません。もう、今は、ほとんど人が通ってないのではないかと感じられる山道。国道から下りてくる山道は、坪尻駅を見にくる方が通るので、こちらよりは少し拓けた感がありますが、こちら側の山道は少し荒れてきました。
そんな、人を寄せ付けない大自然の中に、先人の知恵と努力の結晶たる坪尻駅があります。

静かな大自然、秘境の駅を楽しみ、琴平駅へ向かう汽車の中で、このにっこりを書きよります。琴平駅で乗り換え、多度津駅で取り替え、児島駅で乗り換えて岡山へ。そして新幹線に乗って大阪へ向かいます。仕事前の至福のひととき。


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