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ここにあった木造の建物はどこへ〔3515〕2012/11/29

ここにあった木造の建物はどこへ

2012年11月29日(木)曇っちょります

昨日は、会社から走って帰りました。田んぼ道を抜け、舟入川沿いの土手を通って。14.3km。朝、10.4km走っちょりましたので、昨日一日の合計は24.7km。けんど、いかんですね、全然速う走れんなっちょります。1kmを5分で走ると、もう、ぜえぜえ。何キロも持ちません。無理に速うに走ると、走るがが嫌になりますき、今迄ののったりまったりペースでこれからも行こう!と、心に誓った秋の夜。

そんな訳で、今朝は自転車出勤。いつものように五台山から介良方面を、冷た心地良い朝の風を受けながら漕ぎよりましたら、妙に違和感のある風景。あれ。あの建物がない!
ここは介良の農協、正確にはJA高知市介良支所の前。ビッシリ通りゆうので、今迄気付かんかったがが迂闊。

雲に霞むお月様の下に、新しい駐在所ができました。そしてその手前が駐車場。その駐車場のところには、こないだまで、農協の直販所のようなものがありました。それも、古い古い木造の建物で、なんとも言えん風情を醸し出しちょった建物。これは素敵やねえ、と思いよったので、突然駐車場になっちゅうがにビックリした訳です。
まあ、地元の事情があるがでしょうき、部外者がとやかく言える問題ではありませんが、個人的にはもったいない!という気がしてしまいます。
あの建物、いつ建てられたものかは知りません。もちろん、文化財的価値があるような建物でもなかったです。普通の、古い木造の建物。それが、独特の雰囲気を持っちょりまして、そこで販売される農産物は、こじゃんとおいしそうに見えたのでありました。

価値観というのは、ホントにヒトそれぞれで、難しゅうございます。

このもうちょっと西に、ちょっとした記念碑があります。昭和47年、長岡郡介良村が高知市に合併された際に建てられた記念碑。それまで介良も大津も長岡郡で、大豊町とかと同じ郡やったのでありました。その記念碑には、介良が、その昔、気良郷と書かれた、古い集落であったことが刻まれちょります。その出展は和名抄。

和名抄は、平安時代中期の承平年間、つまり10世紀前半に、源順(みなもとのしたごう)さんが編纂した、いわゆる百科事典。正式には和名類聚抄。天文気象から始まって、神霊、家族、身体、住居、生物、衣類や食事などなど、百科全般を網羅する辞書。なかなかすごい内容。漢字で名詞を記載。万葉仮名で読み方を書いちゅうがもあります。
そして、その中に、「国郡部」という部があり、日本国中の国、郡、郷という行政区分が記載されちゅうがですね。

これを見てみると、当時から、土佐は7郡。安芸郡、長岡郡、香美郡、土佐郡、吾川郡、高岡郡、幡多郡。今と一緒であることに驚かされます。その、長岡郡には9つの郷があって、その中に「氣良」の記載があります。

和名抄にはたくさんの写本がありますが、一番流布しちゅうがが「元和古活字本」。藩政期初期に刊行された写本。現在、国立国会図書館のデジタル化資料で、それを見ることができます。見てみました。これです
「和名類聚抄20巻」という資料の、「目次・巻号」で、5巻目をご覧下さい。その中の11ページ目。そこに、「氣良」と記載されちゅうががご覧頂けます。
古代の話が、このような資料を実際に見ることで、圧倒的な臨場感をもって迫ってきます。しばらく和妙抄にハマりそうな予感。

それはともかく、ここにあった建物、写真撮っちょったら良かった〜。


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