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鯛ノ骨溜め池〔3488〕2012/11/02

鯛ノ骨溜め池

2012年11月2日(金)冷やい

昨日から冷やいです。冬みたい。こんな気候になると、こじゃんと山に登ってみとうなったりしませんか?

さて、ここは南国市久礼田。久礼田から、比江の木材団地の方へ上がっていく分岐より、もうちょっと北の道路沿いに、なにやら説明板があるがを、昨日、通りしなに見つけました。時間がなかったので、何を書いちゅうかよう読まんかったがですが、今朝、それを確かめに行ってきました。勉強熱心。

その説明板は、久礼田史談会さんが立てたもので、「鯛ノ骨溜め池(通称向いの池)」を説明したものでした。なるほど。ここにも、水を確保する、先人の知恵と努力がありました。

この、久礼田部落と比江部落は、領石川から取水する「黒土堰井水」に頼ってきた地域。ですが、この水系、水が細い。水量がメッソ豊ではないがですね。Googleマップで見てみてもそんな感じ。で、旱害と水不足による、両部落の間で水争いが絶えんかったことは想像できます。そこで明治20年、双方の代表がビッシリ話し合い、ここに溜め池をつくることになったそうです。元々、ちんまい池があった場所。

当時の技術と財政状況ですき、なかなか大変やったでしょう。話し合いから3年後の明治23年11月着工、明治25年の末に完成。この造成には、両方の部落の住民が携わっちょります。当時は、こういった事業は地元の実際的な労力、資金で行われよったことがよくわかります。そんな訳で、その溜め池の水利権については、自分達の身を切って造ったものだけに、非常にこじゃんとシビア。当たり前。
説明板に書かれた、当時取り決められた配水方は次の通り。

比江部落12時間半、久礼田部落11時間半の配分。これは反別、田への距離を考慮して決められたそうです。その配水の時間帯は、比江が昼間、久礼田が夜間。盗水されやすい方を、昼間にしたということ。これっぱあシビアにやらんと、お互い、納得できんかった溜め池の水利。

争うだけではなく、造り、協議し、共存していく血の滲むような粘り強い努力。この、水鳥が遊ぶ美しい溜め池には、そんな歴史があるがですね。
ちなみに鯛ノ骨は、ここのホノギ名やそうです。
今は、それほどシビアではないそうですが、やはり協議で運用されゆうという鯛ノ骨溜め池。今でも、旱の折には、領石川西岸の岡越方面十五町歩余りと、比江部落の上段の十八町歩の「命水」として利用されゆう、と書いちゃありました。「命水」という表現が、胸に突き刺さります。


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