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明日であれから1年半〔3435〕2012/09/10

明日であれから1年半

2012年9月10日(月)雨

明日で、あの大震災から1年半。今朝も静かな久枝海岸。夜明け直前は、このように青空も見え始め、朝日に照らされた朝の雲が美しゅうございました。その後、また雲が広がり、今は雨。結構ガイに降りよります。今年のお天気はかなり変。8月9月に、こんなに雨ばっかしやった記憶はありませんですね。これも大自然の思し召し。我々地球上生命は、大自然に逆らわず、畏れ敬いながら自然とともに、自然に融け込んで生きて行く宿命。

いつものように、宇佐、真覚寺住職、静照さんが書いた、安政南海地震後の克明な日記から、地震と津波から1年半経過した頃の記事を現代土佐弁に読み下してみます。まずは、丁度1年半後。

安政3年5月5日 薄曇り
昼頃から空は晴れた。お昼過ぎに小揺れ。日没の頃、また小揺れ。今日は菖蒲節句で酔っぱらいが多い。夜中頃まで、路上に歌の声がやまんかった。

震災から1年半経過し、まだ余震はあるものの、のんびりした風情が戻ってきちょります。菖蒲節句は今でいうとこどもの日。男の子の節句。こどもの日に酔っぱらうが多い、というのも面白うございます。節句で、あちこちの家で男の子の健康を祈っておきゃくをしよったがでしょう。

その前々日の記事に、当節、瘧(おこり)が大流行というのがあります。これはマラリアのうようなもので、江戸時代までの日本にはよくあったにかありません。そしてこんな記事が。

安政3年5月7日 曇り
お昼前、小揺れ。この頃、瘧が大流行しちゅうので、これは津波の溺死者の祟りである、と、皆が言い出して、うちの寺に、供養をして欲しいと頼みにやって来た。午後4時頃、「宗門指し出認振」に付き、文書が廻ってきた。雨が降り始め、夜になって大雨。揺れは感じんかった。この頃、夜な夜な、橋田の浜に遊火出るということで、見物人が多い。

土佐では、鬼火のことを遊火といいました。この日の日記では、津波で亡くなった人々が成仏せず、マラリアを流行させたり、海上に鬼火となって現れたりしゆう、という当時の人々の心情、世相を伝えてくれます。
結局この翌日、翌々日は台風が通ったにかありません。家々は屋根が飛ばされたりの大被害。

安政3年5月9日 大風
昨夜からの風雨で、花も団子も吹き散らされ、梅もスモモもナシの類まで、枝にあるものは全部、ひとつも残さず吹き落とされ、あちこちに飛んで行った。形のない風に向こうて腹を立てたち無益なので、独り、胸を撫でて堪忍する。浜の家々は、屋根を吹き飛ばされ、男女とも大騒動。家の修繕より、まず、衣類、夜具が濡れたがを干し、男女とも裸の者が多い。お昼過ぎ小揺れ。大晴天になった。波も凪いだ。午後2時頃中の小揺れ。日没頃、また小揺れ。夜9時頃小揺れ。今晩から明日にかけて、溺死の者の供養読経をする。橋田中の家々、残らず参詣。今夜は雲ひとつ無い。

台風一過。晴れた宇佐では、予定通り津波溺死者の供養読経が行われ、橋田地区の皆さんは全員集まって参詣した、という記事。この後、御畳瀬のサバ釣り船が台風で難破したのを、宇佐船が救助して帰ってきた話などが続きます。

ジョン万次郎が宇佐浦から漁に出て難破、漂流したのは天保12年(1841年)。この年から15年前で、土佐へなんとか帰ってきたのは震災前年、この日記の3年前の嘉永6年(1853年)。
この日記からは、当時の漁の大変さ、危険さが、臨場感をもって伝わってきます。


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