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宇佐、萩谷口、先人からの重要な戒め〔3275〕2012/04/03

宇佐、萩谷口、先人からの重要な戒め

2012年4月3日(火)春の嵐

時化です。春の嵐。今朝、自転車で出社してくる5時頃は、まだ穏やかな曇り空でしたが、その後急激に荒れ始めました。今日一日荒れ模様になる予報。

ここは土佐市宇佐。昔の、高岡へ抜ける往還が通っちょった道沿い、萩谷口。海からだいぶ入り込んだ谷間の集落で、今は横を通る人もなくひっそりしたたたずまい。
この碑は、2011年1月19日3月16日11月5日にご紹介した、安政地震の碑。東日本大震災直後の3月16日には、碑文を現代土佐弁に読み下してご紹介しました。

いつもご紹介する、宇佐、真覚寺の住職、静照さんの日記「真覚寺日記」には、この碑を建てる理由が書かれちょります。ひとつは、南無阿弥陀仏を刻み、お経をおさめて地震津波の犠牲者を「追福」すること。もう一つは、震災の様子を碑に刻んで、後世への戒めとすること。そしてもう一つの理由は、ここが遍路さんの通り道で、通りがかった人々が手を合わせてくれ、それが来世の縁になり、人の心に善心を生じさせ、善い報いを招くことになるだろう、ということ。

そういったことからすると、この碑は、もっと人通りの多い場所とかお寺さんとかにあった方が良いかも知れません。静照さんの意図を考えると。

それでは、この碑文を、今日は標準語に読み下してみます。

南無阿弥陀仏
安政元年11月5日午後4時頃、大地震が発生した。日没前に大津波。8〜9回は襲ってきて、引いていった。人家は流され、残されたのは僅かに60〜70軒。溺死した男女の数は、宇佐、福島を合わせて70名を超えた。宇佐の地形は、海岸の方が高く、奥の方が低くなっているので、東は岩崎、西は福島の、低くなっている場所から波が入ってきて回り込み、逃げ道を塞ぐように取り巻くことになる。
昔、宝永の南海地震津波の際にも、油断して流され、夥しい数の死者がでた。今回の津波では、その、宝永の大津波の言い伝えを信じて取り敢えず山手に逃げ登った者は、皆、助かった。衣類とか食糧とかを用意して避難しようとした者や、あわてて船に乗って漕ぎ出そうとした者などは、皆、流され、死んでしまった。憐れむべきことだ。
翌日には、食糧を備蓄しておいた蔵が開けられ、その米が配給されたので、凍死したり餓死したりする者は居らず、誠に有り難いことであった。
将来、地震、津波に襲われた場合は、何の用意が無くとも、まずは、早く、山の平らな所で、落石の危険の無い場所に避難しなくてはならない。
流されてきた家材とか衣類とかを拾って使い、得をしたような風の者も居たが、そんな輩は、全員、流行の伝染病にかかって死んでしまったと聞く。
ここに、今回の大震災で亡くなった方々の菩提を弔うため、衆議して、この碑を建てることにした。
安政4年11月
世話人 西村耕助
世話人 緑屋伝平 久市屋菊右衛門 梶和屋源次郎

以上。
土佐市は、先日の政府による津波予想で、最大、21.9mの津波が襲うかもしれない、と発表されました。背後に山がある宇佐。とにかく、山へ逃げること。何も持たず、とにかく逃げること。そんなことを教えてくれる、先人の心が、この碑には刻まれています。
手前に土佐市教育委員会が平成9年につくった案内板がありますが、碑文の内容については書かれていません。
この、先人の想いを、広く、今一度、宇佐の、高知の皆さんに知ってもらう必要があります。


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