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桜満開の琴平山、琴平神社の玉垣〔3274〕2012/04/02

桜満開の琴平山、琴平神社の玉垣

2012年4月2日(月)晴れ!

心地よい月曜日。今日が入社式、という会社も多いでしょう。桜満開、快晴の素晴らしい朝。頑張ってまいりましょう!

さて、南国市の桜の名所のひとつに、琴平山があります。浜改田の北に盛り上がった、標高70.1mの山、琴平山。このてっぺんは広うなっちょりまして、桜がたくさん。この季節、大勢のお花見客で賑わいます。昨日もすごかったでしょうね。
その桜広場の横の大きな鳥居をくぐると琴平神社。大物主神と崇徳天皇をお祀りする、古いお社。海の安全を守ってくれたりするので、県内、広いエリアからの尊崇を集めてきたこんぴらさん。

以前にも書きましたが、その創建は、天智天皇の頃という言い伝えがあるそうです。7世紀。これは古い。で、最初は、現在の土佐湾にあったとされる黒田郷に鎮座ましました。しかし684年の白鳳南海地震で黒田郷は海没し、それとともに海に沈んでしもうたそうです。その後浜改田に再建され、寛永11年(1671年)になって、現在の、この山の上に遷座されてきた、という言い伝え。
地震、津波に縁が深いお宮さん。

南国市の海岸部は避難場所がないので、この琴平山が避難場所に指定されちょります。が、久枝や前浜の皆さんは、ここまで逃げて来るのはとても無理。早急な逃げ場所対策が必要。
この琴平神社の、夜須の町民によって建てられた玉垣には、安政南海地震のことが詳しく刻まれちょります。2010年7月9日のにっこりや、昨年3月17日のにっこりでも、その玉垣の写真をご紹介しちょります。そして、3月22日には、その文面を現代土佐弁に読み下したものをご紹介しました。今日は、それを、標準語に読み下してみます。

安政5年3月吉日
嘉永のはじめ頃から、なにやら異常気象が続いていた。そして嘉永7年11月4日午前10時頃に地震が発生。大地震ということもなかったが、海の干満がおかしくなった。しかし、漁師さんたちは、それほど騒ぐこともなく翌5日を迎えた。

その日は快晴。夕方4時頃、大地震発生。地は裂け、山は崩れ、家の中に居た者は家屋の下敷きになり、外に居た者は石に打たれ、場所によっては火災も発生して、人家や蔵が焼けた。残念なことに、蔵の中の財宝や名器などは、いっぺんに、灰燼と帰してしまった。

親を尋ね、子を探す叫び声が山野に満ち、筆舌に尽くし難い阿鼻叫喚。そこへ、夕方の6時半頃になって、海から渦巻きがやってきた。その勢いはものすごく、いかなる柱や建物の基礎もすべて流され、「平砂」となってしまった。

田園は海に沈み、ナマコの住処となってしまう。ああ、恐るべし。この年は、宝永南海地震の大津波から148年目。他の国々にも大地震が襲ったということで、その年の12月に「安政」とめでたく改元した。

その後3〜4年の間は数え切れない程の余震があったが、津波が襲ってくることはなかった。この大災害にあたって、この金比羅さんのご加護によって被災を免れたことを心より感謝してこの玉垣をご寄進し、また、震災の詳細を刻みつけて後世の人たちの覚悟の一助と為そう、という人々の願いを受けて、75歳の老漁師、橘重得が、ここに記す。

以上。この内容が刻まれた玉垣は全部で9本。夜須の観音山や岸本の飛鳥神社の碑ほど、災害の詳細は記載されちょりませんが、人々の想いが伝わってきます。

昨日の新聞に、政府が発表した新たな南海地震津波の予想が載っちょりました。南国市は16.2m。現在避難場所に指定されちゅう、前浜の砂丘の一番高いところに鎮座まします伊都多神社の海抜が13m。この琴平山から東は、その海抜13m以下の、広い広いエリアが広がります。


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