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日章飛行場滑走路、日章村の由来〔3148〕2011/11/28

日章飛行場滑走路、日章村の由来

2011年11月28日(月)曇っちょります

写真は、クリスマスツリーでも無ければ富士山のイルミネーションでもありません。高知空港の滑走路。夜明け前、物部川河口部の土手の上から撮影しました。飛行機は、この方向に離発着をする訳です。
以前発見しましたが、この、朝一便の飛行機が離陸する一時間程前の時間、こうやって滑走路に灯りが灯され、光り輝くのであります。どうやら、ちゃんとランプが点くかどうかを確認する始業点検やと推察されます。この季節になると真っ暗い時間帯ですき、なかなかキレイ。
この高知空港、日章飛行場といいよりました。
明 治22年、物部村、久枝村、下島村が相寄って、三島村が誕生。しかし昭和16年、海軍が、ここに飛行場を建設するということで、2,184反の土地と 263戸、1500名を超える住民は、急遽、退去を命じられました。そして昭和17年に、三島村、立田村、田村が合併して日章村が発足。
終戦後、 一部の農地は農民に返還され、そこを豊かな農地に戻す為の開墾組合「日章開拓農業協同組合」がつくられました。しかし、高知大学ができ、高知高専ができ、 空港拡張工事で再び農地は接収され、昭和60年、その開拓農協も役割を終えて解散。時代の流れに翻弄されつづけた歴史が、この滑走路の下に眠っちょりま す。
この日章という名称、国旗の日章旗からきちゅうと思いよりましたら、違うちょりました。もっと深い、立派な思いが込められちょります。
立 田村に生まれ、東京帝国大学を卒業後、漢学者、文学者として業績を残し、土佐南学を極めた先人、北村澤吉さんが、郷里立田の地に、私財を投じて私設図書館 「日章園」をつくりました。昭和13年のこと。そこでは文学講座や武道などの講習が行われ、地域学習、地域交流の拠点となったそうです。その命名の由来 は、中国「中庸」の「君子の道は闇然として日に章かなり」とされます。
その、高邁な理想の施設、日章園があったことから、三村合併でできた村が、日章村と命名されたということです。
その日章園は、現在、立田公民館になって、地域交流の拠点となっちょります。


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