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国沢の南、潮江川の上には春が〔3142〕2011/11/22

国沢の南、潮江川の上には春が

2011年11月22日(火)快晴!

今朝も寒うございました。快晴。良いお天気。
ここは唐人町。 潮江橋北詰からちょっと西へ行った、鏡川北岸の土手。土手上には、マンションや家が立ち並んじょりまして、土手上に東西に延びる細長い町が唐人町。ここに あったホテルがなくなり、空き地になって、潮江橋方面が見晴らせるようになりました。その向こうの明るいところが潮江橋。
唐人町という町名の由来 はビッシリギッチリ書いて来ましたので今朝は省略。で、この土手上から北を見ると、堀詰。土佐電鉄の桟橋線は、当初、潮江橋北詰で西へ曲がり、土手沿いに ここまで下り、ここで右折、堀詰につながっちょりました。はりまや町界隈の皆さんが、電車が通ったら町が寂れる、と、反対しよったことも以前書いちょりま す。
この、鏡川北岸には、戦国期まで、つまり山内氏による城下町建設が始まる前まで、国沢氏の居城がありました。1588年の地検帳には、現在の高知城下は、大高坂村と国沢村として検地されちょりますので、国沢という名称は高知市中心部の元々の地名のひとつでございました。
戦 国期、国沢将監という武将が、その国沢城の主。土佐の七守護といわれる有力者に次ぐ勢力を持っちょりましたが、本山氏と長宗我部氏の戦いに翻弄され、滅ぼ されました。その居城、この北東界隈の、鏡川の土砂堆積によって形成された小さな丘の上にあったようです。現在は、その痕跡はまったく全然残っちゃあせん ので、その姿は想像もできません。
その居城の北側には野原があり、城畑という地名やったことがわかっちょります。山内氏は、そこに京の呉服商筒井氏を移住させ、住まわせました。現在の京町。
さ て、この、鏡川の上にボヤッと輝くのはお月様。この写真ではわかりませんが、実物はキレイな三日月。その左下に星が2つ並んじょります。左側は土星ですが 右側は乙女座のスピカ。写真左端にはうしかい座のアークトゥールス。これには写っちょりませんが、この上方にしし座があって、デネボラが輝きよります。こ の3つで形成されるのが春の大三角。そう。空にはもう、春が訪れようとしよります。冬来たりなば、春遠からじ。


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