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弘化四年、弘化台、兆民先生、龍馬〔3139〕2011/11/19

弘化四年、弘化台、兆民先生、龍馬

2011年11月19日(土)雨

それにしてもよう降ります。昨日、東京からモンてきましたが、高知はず うっと雨。夜になって、かなりガイに降りました。高知の夜の街に飲みに出ちょったもんで、夜中に家に帰り着くまでにビショビショになってしまいました。 で、朝起きると、まだ降りよります。しかも結構ガイに。今日の日中はこんな感じのお天気みたいです。
さて、昨日は幕末に砲台がつくられた、東京のお台場をご紹介しました。あの時期、土佐も海に面しちゅう訳で、須崎とかにどっしこ砲台がつくられたがはご承知の通り。土佐沿岸部に砲台がつくられたがは、その幕末の頃と太平洋戦争終末期。どちらも相手は米軍でございました。
こ こは今朝の上岡八幡宮。雨と風がエライので、お参りにするがにもビショビショ。その参道の真ん中にございます、この台座。ご覧のように弘化四年未八月十五 日と刻まれ、雨に濡れて光っちょります。弘化四年は1847年。ペリーが浦賀へ来たがが嘉永六年(1853年)ですき、その6年前。もう、日本周辺の海に は不穏な空気が漂い始めちょりました。その弘化年間、高知の城下の海の玄関口に建設されたがが弘化台の砲台。あの江戸の台場とは規模が違いますけんど、高 知のお城下の防衛にための砲台とすれば、同じ目的を持った台場やったということになります。現在、弘化台は、広く広く埋め立てられて高知市の中央卸売市場 や海産問屋などが並ぶ、高知の城下の台所。
さて、この弘化四年に生まれた人物に、中江兆民さんが居ります。土佐の生んだ思想家で、東洋のルソーと 呼ばれ、明治大正期の社会主義運動に多大な影響を与えた人物、中江兆民さん。あの幸徳秋水さんは、兆民先生を師匠と仰ぎ、兆民さんが亡くなった後、「兆民 先生」という本を書いておられます。兆民先生への想いがほとばしっちゅう玉のような文章。不遇な晩年を送った兆民先生に対し、「然れども先生が多年撒布せ る革命の種子は、決して萌芽を発せずしてやまざりき」と書き、その偉大さを讃えちょります。
この「兆民先生」には、兆民さんが留学中の長崎で龍馬と接した頃の有名な逸話が描かれちょりますね。
先 生曾て、坂本君の状を述べて曰く、豪傑は自ら人をして崇拝の念を生ぜしむ。予は当時少年なりしも、彼を見てなんとなくエラキ人なりと信ぜるが故に、平生人 に屈せざるの予も、彼が純然たる土佐訛りの方言もて「中江のニイさん煙草を買ふて来てオーセ」などと命ぜらるれば、快然として使ひせしことシバシバなり き。


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