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土佐稲荷神社、日本郵舩仲間、水防碑、寺田寅彦さん〔3121〕2011/11/01

土佐稲荷神社、日本郵舩仲間、水防碑、寺田寅彦さん

2011年11月1日(火)晴れてまんがな暑いでんがな

てな訳で今朝は大阪。昨日のお昼にやって来まし た。大阪の夜は高知に比べると異国のように賑やかでした。最近、高知では、生のお肉を食べる機会がめっきり減ってしまいましたが、大阪はお肉の本場。昨夜 は、久々に生肉を堪能して参りました。さすがにユッケはなかったですが、生レバ、生タン、生センマイ。おいしゅうございましたです。帰りに法善寺横町で夫 婦善哉を食べました。
で、今朝は、ちょっとお肉過剰とカロリー過剰になった身体を揺すくりもって、土佐堀沿いから木津川を南下、土佐稲荷神社界隈 をたつくりまわってきました。ここは土佐稲荷神社。藩政期、この界隈には広大な土佐藩の蔵屋敷がありまして、その敷地内に鎮座ましましちょったがが、土佐 稲荷神社。明治維新の後は岩崎弥太郎さんの私有地となり、現在は土佐稲荷神社として、立派な社地と社殿を誇っちょります。
もちろん三菱関係の寄進が圧倒的に多いようで、周囲を取り囲む玉垣も三菱関連企業がずらり。早朝から参拝にくるヒトを見よりましても、サラリーマン風の出で立ちのおんちゃんが多いのは、三菱関係の方々ながでしょうか。
写 真右端の、常夜灯の柱には、「日本郵舩仲間」と刻まれ、こちらの面には三菱のスリーダイヤが見えます。向こう面には「東京倉庫仲間」「明治九年三月建 之」。三菱の元となった日本郵船のひとたちの寄進でしょうか。三菱商会、そして郵便汽船三菱会社という名称であった会社は、この常夜灯が建てられる前年の 明治8年、日本郵船会舎となっちょります。有名な、岩崎弥太郎と渋沢栄一の死闘の末に「郵便汽船三菱会社」と「共同運輸会社」が合併した結果できた会社。 その会社が源流となり、現在の三菱グループが形成されていったがはご承知の通り。
この境内に刻まれた名前などを見ると、三菱の歴史を感じることができるのであります。
あの社殿の向こうは長堀通り。今は道路になっちょりますが、西長堀川が流れよりました。そこから土佐の産物は陸揚げされ、材木た鰹節などが売られた訳です。鰹節の取引をする鰹座は、今も地名に残されちょります。
その長堀通りの南の植え込みに、ひっそりと、「水防碑」というがが建てられちょりました。昔から水害に悩まされてきた大阪。昭和9年の室戸台風、25年のジェーン台風、36年の第二室戸台風は、甚大な被害をもたらしました。
そんな歴史を忘れんようにと建てられた碑には「水防碑 災害は忘れたころにやってくる」と刻まれちょります。土佐の蔵屋敷のあった場所に建立された碑には、土佐出身の寺田寅彦さんの言葉が刻まれちゅうという訳です。


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