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鏡川、唐人豆腐、大寄市場、朝の食卓〔2767〕2010/11/12

鏡川、唐人豆腐、大寄市場、朝の食卓

2010年11月12日(金)晴れちょります

ここは夜明け前の鏡川。雑喉場橋と潮江橋の間の北岸、堤防外の歩けるようになっちゅう川岸から撮影してみました。ここはコンクリート護岸。ここを、夜明け前から善男善女の方々が歩きよります。川へ落ちたらいかんきでしょう、最近、この水色の灯りが置かれました。たぶんこれは太陽光かなにかをエネルギーとして蓄え、夜間にこのように光るようになっちゅうがやと思います。便利ですな。

ここは東唐人町。ビッシリご紹介しちょりますとおり、秀吉の朝鮮出兵に随行した長宗我部元親さんが連れ戻って来た朝鮮慶尚道、秋月城主朴好仁さん一族に由来する唐人町。山内一豊さんが土佐へ入国、高知城を築城した際に、浦戸からここへ移され、町を形成しました。その人たちは、一豊さんによって町役を免除され、68座の豆腐専売の特許を受けたそうです。それ以来、ここから今の山内神社の東くらいまでの堤防には、朝鮮風の豆腐をつくるお店が並ぶことになった訳です。

明治4年の11月1日から15日の間、と言いますきに今の季節、この河原で、大寄市場が開かれ、県内特産品の売買が行われた、という記録がありますきに、こないだやりよったふるさと祭りの原型があったがですね。当時も、いや、昭和まで、ここにはずらりと豆腐屋さんが並んじょりました。朝は、豆腐をつくる匂いがこの界隈一帯に立ちこめちょったことでしょう。

そうそう、こないだお邪魔した京都の300年を超える老舗料亭の大旦那様のお話では、昔は、豆腐は夜には食べんかったそうです。豆腐は朝つくるもの。それを、冷蔵庫もない時代、夜まで置いちょって食べる、ということはなく、デキダチを朝食べるがが当たり前やったそうです。なるほど。

この土手で、このような時間からつくられた豆腐が、お城下の朝の食卓に上りよったということ。おいしそうですし、それが正しい食品のありかた、という気がしてきます。


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