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雨の朝倉城趾、詰の段〔2493〕2010/02/11

雨の朝倉城趾、詰の段

2010年2月11日(木)降ったりやんだり

今日は祝日。市内のホテルで就職イベントの缶詰になっちょりましたが、お昼の時間にここまで行っちょりました。ここは朝倉城趾、詰の段。県の果樹試験場近くに車を停め、小雨が降る山道を傘をさして登ってみました。

この朝倉城、土佐の戦国期の英雄、本山梅慶さんが土佐中央部を制覇するために築城し、天文9年(1540年)に移り住んで本拠としたお城。永禄3年(1560年)、長浜城の合戦で始まった長宗我部氏と本山氏の戦国土佐の決勝戦は、岡豊城の元親さんと、ここ朝倉城の本山茂辰さんの間で激戦が繰り広げられた、というお話はこないだうちからビッシリしよります。

永禄5年(1562年)の朝倉合戦で、本山氏も踏ん張って決着がつかんかったがですが、翌年の1月、茂辰さんはここの朝倉城に火をかけ、本山へと退いていったのでありました。

この城跡、空堀やら土塁やら、そして井戸やら、本山梅慶さんがつくった頃の面影をそのまま伝える素晴らしい中世遺跡。が、今はホタクラレ、案内板も少ない寂しい状態。標高102mのここ詰の段には城八幡と案内板がありますが、以前は土佐の中原を見張らせた東側にはこのように竹薮が生い茂り、本山梅慶さんや茂辰さんの気持ちになって眺めることができんがです。

この朝倉城、長宗我部の岡豊城に勝るとも劣らぬ規模と構造をもった城で、歴史的価値はこぢゃんと大きいと思います。

メッソお金をかけるにはようびませんき、詰の段の見晴らしを良くし、ちょっと案内板を整備して空堀とかの構造がわかるようにしてもらいたいと強く思います。

雨の城跡は、本山氏が無念のうちに本山へ戻っていく、そんな想いを感じさせてくれますね。


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