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朝倉古墳、朝倉神社、斉明天皇、赤鬼山〔2300〕2009/08/02

朝倉古墳、朝倉神社、斉明天皇、赤鬼山

2009年8月2日(日)晴れちょります

梅雨明けした高知県地方、朝から晴れちょります。天気予報では曇ったり降ったりの予報やったですけんど、結構晴れちょります。

朝、ラジオ体操の後、会場の東九反田公園の草刈りをやって来ました。本当は先週の日曜が草刈りデーやったがですけんど、雨やったので、今日になりました。町内の皆さんと一緒に、こぢゃんとエイ汗をかかせて頂きました。

汗かきついでに、今日の朝はここ朝倉古墳へ自転車で行っちょりました。朝倉の、朝倉神社から西へ山裾を上ったところにございます朝倉古墳。この山は朝倉神社のご神体山で、赤鬼山という山。

今はご覧の通り大きな石が露出しちょりますが、その昔には、この巨岩を土が覆うつくりになっちょったようです。7世紀前半のものと推定されちょります。

以前にも書きましたが、7世紀前半と言えば中央では蘇我氏全盛の時代。大化の改新の後、天智天皇と藤原氏が偉うなってくると、蘇我氏は中央政権から外され、疎まれていきました。どうやら「鬼」とされ、斉明天皇などから祟りの対象として恐れられるようになったらしい蘇我氏。

この後ろの山は「赤鬼山」。こっから東へしゅっとのクに鎮座する朝倉神社のご神体は赤鬼山で、朝倉神社には、その斉明天皇がやって来て、お住まいになったという言い伝えが残ります。白村江の戦いで、百済を救援するために日本は出兵した訳ですが、その際に朝倉宮で崩御されたというお話。一般的には、福岡県の朝倉宮がそれであるとされちゅう訳ですが、実はここ、土佐の朝倉やったという説ですな。

真相はようわからんですけんど、この古墳があることと朝倉神社の言い伝えから見て、蘇我氏と中大兄皇子、中臣鎌足、斉明天皇の争いに、この場所が何らかの関わりがあったと想像してもカマンがやないかと思います。


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