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波川駅前の迫力看板、波川玄蕃城、月田上神社〔2104〕2009/01/18

波川駅前の迫力看板、波川玄蕃城、月田上神社

2009年1月18日(日)雨のち晴れ

久々の雨。傘をさして歩いたがはこぢゃんと久し振りのような気がします。

ここは波川駅前。土讃線を高知から西へ向かい、伊野から仁淀川を渡った所にある駅、波川。駅前に、なかなか迫力のある看板があったので、撮影してみました。書いたヒトの思いが伝わってくる、素敵な看板。エイですね、これ。

写真右端に、鳥居が写っちゅうがが見えますでしょうか。だいぶ以前にもご紹介したことのある、月田上神社の鳥居。ここから参道を南に歩き、写真左端の山を登ると、山の中に月田上神社が鎮座しちょります。

今日は雨の中、その月田上神社まで行きましたが、以前来たときにはなかった「玄蕃城」へ向かう手作りの案内板がありました。戦国時代のこの界隈の覇者、波川玄蕃さんのお城があることは知っちょりましたが、この月田上神社から登っていける山にあるとは知りませんでした。ビッシリ来たことがあるに、迂闊やったですな。

波川玄蕃さんは、長宗我部元親さんの妹をお嫁さんにもろうた、仁淀川西岸界隈の重要人物でございました。元親さんは、時分の妹を嫁がせた先でも、状況によっては遠慮無く討ち滅ぼしてしまいます。玄蕃さんも、謀反の嫌疑をかけられてつかまり、自裁してしまいました。あの正面の山の上にあった玄蕃城も、廃城になったそうですね。その奥さん、元親さんの妹、養甫さんは出家し、ここの仁淀川の対岸をすこし遡った山、成山に住んで、元親さんに討ち滅ぼされた波川家の面々の菩提を弔いよったとか。で、あと、有名ながは、親類でもある安芸三左衛門と一緒に、土佐七色紙の技法を確立して、土佐和紙の礎を築いたこと。伊予の国からやって来た遍路の新之丞さんという紙つくり技術者が、その技術を教えてくれた訳です。三左衛門は、余所でこの技術が伝えられることを恐れて、帰っていこうとした新之丞さんを殺害した、という悲話も伝えられちょります。


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