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柳田より鴻ノ森方面を眺める〔2099〕2009/01/13

柳田より鴻ノ森方面を眺める

2009年1月13日(火)晴れ!

昨日は、鴻ノ森のてっぺんから南向いての景色をご紹介しました。ですきに今日はサカシから。昨日の写真中央、南嶺の北の、大型量販店の屋上から北向いての写真です。ここは柳田と言いまして、昨年一度ご紹介した弥生遺跡のあった界隈。鏡川の大水で消滅してしもうた弥生集落。

この写真の中央、向こうの山間から鏡川は流れてきて、真ん中のこんもりした山(上本宮町の山)のこちらで東へ曲がって市内へと流れちょります。

鴻ノ森は、その右手の、丁度雲がかかって黒うなっちゅう山。

本山氏の中原進出の拠点、朝倉城は、この写真左端のもうちょっと左の山。この界隈は本山氏がエラかった地域ですね。あの鴻ノ森を陥とされ、万事休すとなった本山茂辰さんは、朝倉城に火を放って元々の本拠の本山へと後退しました。戦国もいよいよ終盤戦。

あの鴻ノ森のとっと向こうに見える高い山は工石山。本山は、あの山の向こう側ですきに、後退するにも遠かったですね、こりゃ。

写真左端の、お椀を伏せた形の山は赤鬼山。あの麓に朝倉神社がございまして、あの山はそのご神体。山そのものがご神体。あの山には古墳時代の巨石でできた古墳もありまして、とっと昔からかなり重要な山やったことがわかります。信仰も集めちょったことでしょう。

で、日本書紀に、斉明天皇が百済を助けに行こうとして「朝倉橘広庭宮」に遷座し、その際、朝倉社の木を伐ったので神様が怒ってそのお宮を壊した、という記事があります。鬼火が出たりして不吉なことが続いたあげく、斉明天皇も亡くなってしまいました。そして斉明天皇の喪の儀式中、朝倉山の上空から鬼が大笠を着てその儀式を眺めよった、ということが書かれちょります。その朝倉は、福岡県の朝倉というがが定説ですけんど、ここ高知の朝倉神社ともいわれちょりますね。木の丸という名前も残っちょりますし。で、鬼が現れたがは、あの赤鬼山の上空ということ。

この変哲もない写真の中に、色んな歴史が凝縮されちょって楽しゅうございます。


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