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高ノ森から眺める朝倉城、吉良城、杓田城〔2098〕2009/01/12

高ノ森から眺める朝倉城、吉良城、杓田城

2009年1月12日(月)晴れ!

てな訳で今日は成人の日。祝日でございまして、ひまわり太郎、何とか今日までにはおたふくを完治させたいのでありました。で、肥えたのか腫れたのかを判別させるため、今日は久々に山を駆け上がってみることに致しました。お昼前、本社を出発しまして、昨日途中まで車で上がったあの鴻ノ森のてっぺんまで、一気に駆け上がりました。久々のランニングで、こぢゃんと心地良かったです。標高は299.5mということですきに、ほぼ300m。で、今日の写真は、頂上から、神田朝倉方面を撮影したもの。南嶺の向こうに太平洋も輝きよります。

昨日の写真の平野を、1560年から1561年にかけて、長宗我部元親さんが勢力圏に組み入れて行きました。で、本山氏の高知進出の本拠はこの写真右端、南嶺のひとつ手前の、右から延びて来ちゅう山。朝倉城があの山にありました。その手前の山には杓田城がありまして、元々は本山方やった大黒氏が支配しちょりますが、1561年の時点では長宗我部方に靡いちょりました。朝倉城の向こう、写真右端界隈が春野の吉良城で、ここは本山方。そしてここ、高ノ森が本山氏の重要な支城やったという訳です。戦国土佐の決勝戦クライマックスですな。

高ノ森攻めで、長宗我部方が、円行寺の水源を絶ったとのことですきに、今日は円行寺方面に駆け下りてみました。しゅっとながですね、この山から円行寺。その水源を絶たれた高ノ森出雲とその軍勢は悲惨な戦いをする訳ですが、その際に「白米城」伝説が生まれました。水を絶たれたお城で、まだ水が豊かなことを偽装するために、遠くから見えるようにお米を馬に掛け、あたかも水で馬を洗いゆうように見せかけた、という白米城伝説。全国的にもいくつも残るこの白米城伝説に彩られちゅうのが、この砦の落城物語なのであります。

頂上周辺に、大きな岩がたくさん。青い岩。当時からあったがでしょうね、この青い岩。円行寺の西に蛇紋岩の採掘場があったことを思い出しました。あれは、この山頂につながっちょった訳ですな。成る程。特徴的な青い岩は間違いなく蛇紋岩でしょう。この頂上近辺の蛇紋岩に、戦国当時の何か痕跡が残されちゃあせんろうか、と思うてじっくり見てみましたが、神秘的な青い姿でたたずむばかりでした。落城する高ノ森一族は、この青い岩を見て何を思いよったでしょうか。


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