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鴻ノ森山頂で歴史を体感する〔2097〕2009/01/11

鴻ノ森山頂で歴史を体感する

2009年1月11日(日)快晴!

今日も晴れて心地良い高知市内。おたふく風邪の顔は、まだ腫れちゅうがか肥えてしもうたがかわからん状態になってきました。運動せんづくとに食べてばっかしですきに。で、今日は、ヒトの居ない山の上まで行ってきました。とはいえ、まだガイな運動はせられんですろうきに車で。ここは高知市の北西に富士山みたいな形で屹立する鴻ノ森(こうのもり)。標高は300mくらいですろうか。頂上近くまで車で行けまして、歩いて登ると頂上。適度な運動になりましたです。

ここからの高知市内の眺望は抜群。全部見渡せます。

この鴻ノ森、高ノ森とも書きまして、土佐の戦国末期にはこぢゃんち重要な砦のあった山。円錐形で、こぢゃんと切り立った山ですきに、この山に砦を構えると難攻不落。また、すべてが一望できますきに、どの軍勢がどう攻めてくるかも、こっからですと一目瞭然。

1560年頃、ここを守りよったがは、本山氏の猛将、高ノ森出雲さん。四国山脈の中から出てきて、ここからもうちょっと右手に見える朝倉城を本拠として中原の覇者となろうとしたのが本山氏。その支城として、この山に砦が築かれちょりました。対峙するのはもちろん長宗我部元親さん。

写真左端の、もっと左に岡豊の山が見えます。そこから、あの左端に見える連山の界隈から太平洋までを制覇、浦戸湾からこちらを押さえちょった本山氏に戦いを挑んできます。あの南嶺の向こう、浦戸から長浜に拠点を持っちょった本山氏は、元親さんたちの怒濤の進撃に敗退します。1560年のこと。で、元親さんは、南嶺を越えてあの先っぽの筆山、潮江城を陥とします。写真左端にちょこっと、現高知城の山、大高坂山が写っちょりますが、その界隈から写真正面の神田の界隈も、あっと言う間に元親勢に制圧されました。そして、いよいよここ、難攻不落の高ノ森へ。しかし、なかなかこの城攻めは難しいということで、元親軍の中でも切り札、福留隼人、中島大和という猛将が登場、水源を絶っての水攻め、兵糧攻めで、遂に陥としたのでありました。

その悲惨な戦いのためか、この城の裏手の小径に「オカマスズシ」という恨みをのんで斃れていった人々の魂が燃える鬼火が、毎年のお盆に現れたとのこと。

この山頂に立って元親軍の進撃路や朝倉城を見渡すと、その時の高ノ森出雲さんがどんなことを考えて戦に臨んだかが少し見えてきて、不思議な気持ちになります。これが「歴史を識る」ということながです。


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