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土佐稲荷神社さんと稲荷新地〔2094〕2009/01/08

土佐稲荷神社さんと稲荷新地

2009年1月8日(木)晴れ!

今日もご近所シリーズ。

ここは、二葉町の土佐稲荷神社さん。こないだのにっこりでちょびっと触れた、立派なお稲荷さんです。この土佐稲荷さんは、山内一豊公が、家康さんの勧めによって、山内家繁栄のために藩邸内に斉祀したがを始まりとするそうです。元和2年のこと。元和2年と言うたら1616年ですきに、大阪の陣もやっと終わり、家康公が亡くなった年。山内家の末永い繁栄を願うたがでしょうな。

で、現在の場所にお祀りされたがは天保4年(1833年)。それ以来、この地で商売繁盛を見守ってきて下さりゆう訳です。

この界隈は、明治になると、上町の西の玉水新地、つまり上(かみ)の新地と対を為す下(しも)の新地、稲荷新地として栄えました。この界隈が物流の拠点でしたですきに、商売関係者も多く、大歓楽街として栄えたのでありました。以前にもご紹介しましたが、この土佐稲荷さんの玉垣には「鬼頭良之助」さんの名前が大きく書かれちょります。同じ玉垣の一番大きな文字は「得月楼」。そう。ご存じ陽暉楼のこと。大侠客、鬼頭の親分は、この歓楽街の世話役としてもこぢゃんと重要な人物でございました。映画陽暉楼で、仲代達也さん扮した鬼政こと「鬼龍院政五郎」は、鬼頭の親分がモデル。

得月楼、鬼頭良之助さんの玉垣と対になっちゅう、鳥居を挟んで東側の玉垣には「泉巌楼」と書かれちょりました。これもまた立派なお店やったがでしょうね。

この土佐稲荷さんは、明治大正から昭和初期にかけてはそんな雰囲気の街中に鎮座されちょった訳で、ご寄進者もそんな関係者が並びます。

今は、もう料亭も遊郭もなく、海運会社さんなどが並ぶ静かなたたずまい。


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