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天神橋、後藤象二郎さんち、板垣退助さんち〔1935〕2008/08/02

天神橋、後藤象二郎さんち、板垣退助さんち

2008年8月2日(土)ちくと雲もありますけんど暑いです

猛暑の7月でしたが、8月もうれしいことに猛暑。こんな夏が好きです。

ここはビッシリギッチリご紹介する天神橋。潮江天満宮の隣の、山内家菩提寺真如寺へ渡る、鏡川に架けられた橋で、長宗我部残党に対する備えから、河口部に唯一架けられた橋。今はご覧のように立派な赤い欄干の大きい橋になっちょります。この北詰には、東西に唐人町が延びちょりまして、豆腐屋さんが昭和の初めまで並んじょった話もギッチリしました。堤防の上が唐人町で、その向こうは片町。通りの南が堤になっちょって、通りの北側にしか家が並んじょらんかったので「片町」。

その片町、ベージュ色のビルが建っちゅう所に幕末に住みよったのが後藤象二郎さん。吉田東洋さん亡き後の土佐藩を引っ張った有能な官吏。ですけんど、あまりにも要領が良すぎて、人々の顰蹙をかうことも多かったので、毀誉褒貶の大きい人物ですな。

が、慶応3年の、大政奉還建白の提出は、日本の方向を決める決定的なもので、色々とありますけんど、その功績は巨大なものがあります。この大政奉還の考えは、龍馬の意見を取り入れたものですね。明治新政府が成立して、大阪府知事になった後藤象二郎さん、財源の無かった政府のために、大阪の財閥などから資金を集めたそうです。脅したりすかしたりして。この口から生まれてきた人物は、こういったことをさせたら天下一品でございました。で、商売も得意そうですけんど実際はそうではなくて、調子のエイことを言うて色んな商売にも手を出すがですけんどことごとく失敗、その尻ぬぐいをしながら巨額の富を築いていったがが岩崎弥太郎さんやった、という訳です。

再来年のNHK大河ドラマは、岩崎弥太郎から見た龍馬、てなものになるらしいので、幕末の偉人、後藤象二郎さんも出てくることでしょうな。結局の所、評価は、その向こうの後藤さんちから数十メートル向こうに住みよった幼なじみ、板垣退助さんや、そこから東へ数十メートルに住みよった片岡謙吉さんとかの方が高かったりします。土佐藩での役職は、後藤象二郎さんの方がトット上やったがですけんど、誠実さとか信念とかが結局の所はヒトの大きさをつくっていくがでしょうか。


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