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はるのの湯、木塚城、南北朝の合戦〔1740〕2008/01/20

はるのの湯、木塚城、南北朝の合戦

2008年1月20日(日)降りよります

予報では、雪になるかも知れんということやったですが、そんな雰囲気もまったくないような、しっかりとした雨が降りゆう高知市内です。ここも高知市内。今月から高知市内になった、旧春野町でございます。

午前中、春野まで走りに出ちょりました。横浜を南下して瀬戸を抜け、長浜から新川川沿いに西へと走ります。新川川(しんかわがわ)と、「川」という時が重なる不思議な名前の川は、藩政期初期に名執政野中兼山さんが開鑿したもの、というお話は、以前しましたね。旧春野町と高知市の境目、唐音の切抜は、仁淀川から引っ張ってきた新川川を、高知のお城下に入り込んでいく浦戸湾につなげるために、山を切り開いて無理むっちゃく川を通した箇所。

そこを抜け、野中さんのおかげで「土佐のデンマーク」と呼ばれる程に豊かな土地になった春野の沃野を走り抜けます。雨の中ですきに、休まんづくとに走り続けんと、身体が冷えますね。そしてたどりついたのが今朝の目的地のここ。「はるのの湯」という温泉施設ですな。冷えた身体を温泉につばけると、芯からぬくもってきます。冷たい雨の露天風呂、最高ですね。

この温泉は、「木塚城跡」という場所に建っちょります。木塚(きづか)城は、南北朝の時代のお城ということは判っちょりますが、誰が住みよったがかはわからんそうです。春野を走りもって北の山々、高知市との間に聳える山々を眺めよったらようわかるがですが、この木塚城の北の治国谷が、一番低うて、越えやすそう。高知市内、現在の高知城のところに、土佐の南朝方の英雄、大高坂松王丸さんが陣取って、頑張っちょりましたき、この木塚城は、北朝方の武将が住みよったがやないかといわれちょります。で、たぶん治国谷の山を越えて攻め込んでいったがやないろうか、と想像してしまいます。この北の山々の尾根筋を縦走していくと、筆山にでることができます。筆山は、後醍醐天皇の息子さんの満良親王を擁する大高坂松王丸さんを中心とした南朝軍と北朝軍の決戦がおこなわれたがで有名。その時、木塚城の軍勢はどのような動きをしたのでしょうか。色々と妄想が膨らんでいきますな。


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