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龍馬スタジアムから高知城を眺める〔1248〕2006/09/15

龍馬スタジアムから高知城を眺める

2006年9月15日(金)晴れ!

今朝も晴れました。涼しい朝です。めっきり秋めいてきましたですな。

ここは鏡川南岸、高知市の競輪場兼陸上競技場「龍馬スタジアム」。東ゲートへ上がって行く階段のところから北向いての景色です。ここまで上がって来たことがなかったので、ちょっと新鮮な景色。真正面に高知城の天守閣が見えるがですね。右手の大きな建物が三翠園ホテル様。幕末、山内家の下屋敷があった場所で、散田(サンデン)と呼ばれた土地なんで「散田邸」とも呼ばれよったそうです。目の前の森は山内神社の森。その手前を鏡川が流れよります。

高知城の天守閣、そのすぐ手前の大屋根の建物は本丸御殿。現在は懐徳館という名前で呼ばれ、お殿様が座った「上段ノ間」を始めとして嘗ての雰囲気そのままに、観覧できるようになっちょります。その左につながる建物は納戸蔵、その左に黒鉄門が見えます。この、標高45mの大高坂山につくられた高知城、別名「鷹城」とも呼ばれます。大高坂のお城に、現在大河ドラマ「功名が辻」でお馴染みの山内一豊夫妻が入城してきたのが1603年。で、この山に新たに名前を付けることにしました。掛川から連れて来た菩提寺の「真如寺」の在川和尚さんが考えて付けられた名前が「河中山(こうちやま)」。北と南を川(現鏡川と現江ノ口川)で挟まれたところにある山やきですな。がしかし、その後こぢゃんと水害に悩まされたので、河中という名前が悪い、ということになり、1610年に二代目藩主忠義さんが五台山竹林寺の空鏡和尚さんに相談しました。竹林寺のご本尊は智恵で名高い文殊菩薩。と、言う訳で、空鏡上人は、「こうちやま」に高い智恵を意味する「高智山」という字を当てた名称を提案、採用されたということです。これが「高知」の始まり。高知県と「高い智恵」。う~ん。高い智恵の「高知県」。う~ん。


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